疎開したために広島の原爆で直撃は受けなかったもののその後、両親を探しに行って「黒い雨」に打たれたために、原爆症で苦しんだ若い娘を描いて、戦争の恐ろしさを追求した作品。モノクロ・フィルムで撮影している。
今村昌平が監督し、石堂淑朗が脚本を書いた。主演は元キャンディーズの田中好子が体当たり演技を見せた。その結果、この年度の国内映画賞を独占する結果となった。

 

 

Synopsis:

昭和20年8月6日、女学校を卒業していた矢須子は疎開先で、閑間家のある広島方面が明るく輝いたのを見た。どうやら爆撃を受けたらしい。慌てて広島へ急ぎ戻る途中、黒い雨に当たってしまう。閑間家で叔父叔母と合流した矢須子は、叔父の勤務先である工場へ移動する最中、広島市内を突っ切って行く。そこで矢須子はこの世の地獄を見た。肌の爛れた子供や、彫刻のような形をして炭化した人間たちが多くいたのだ。
年月は経って、昭和25年になった。矢須子は亡き母の実家で閑間夫婦とともに暮らしていた。叔父重松は通勤途中に直撃を受けたため、原爆症の症状が出てきており、その友人たちも原爆投下後、広島に入ったことから残留放射能を浴びて発症の恐れがあった。
閑間夫妻の一番の悩みは25歳になった矢須子の縁談である。器量の良い娘に育ったが、黒い雨を受けたがために遠慮されてしまうのだ。
友人の好太郎青乃という青年を連れてきた。矢須子も気に入ったようで交際が始まるが、重松の友人片山が原爆症に倒れて自分にも可能性があると告白する。青乃青年自身は気にしないと言ってくれたが、その母親が身辺調査をして破談になる。
やがて片山がなくなり、続いて庄吉、好太郎と次々に重松は友人をなくす。そしてただ一人で夫と姑の世話をして来た妻シゲ子にも症状が出てくる。
もはや縁談どころではないが、近所の小作タツが重松に息子悠一の嫁に矢須子をもらえないかと言い出した。戦後とは言え地主と小作の関係だから重松は他の村人の手前もあってこの縁談は気が進まない。しかし本人同士は嫌いでないらしい。悠一は戦争へ行って自動車恐怖症になったが、矢須子と付き合うようになってからは、少しずつ治って来たようだ。
シゲ子は小康状態になったが、介護していた矢須子の顔色が悪くなり検査入院させられる。原爆症でないと言われて退院して来た矢須子が風呂に入ると、ごっそりと髪が抜けてしまう。その様子を見たシゲ子は倒れて一ヶ月後にこの世を去った。
閑間家にはタツが世話に来るようになるが、矢須子の病状は悪化する一方でついに原爆病院に入院する。重松は救急車の行方をじっと見守るだけだった。

 

Impression:

キャンディーズのスーちゃんの死があったから、長くこの映画を見られなかった。久しぶりに見てもスーちゃんが鏡の中に見る青ざめた顔、これはおそらく実体験したことだろう。映画で経験したがために、これから自分がどうなるか、すべてわかってしまったと思う。でも自分自身がこの目に刻みつけなければ、俳優として飛躍した田中好子を誰が覚えているのか。

 

映画はまず昭和20年8月6日からの二、三日を描く。とくに肌が焼けただれた人や生きたままの姿で炭化してしまった人たちの描写は「はだしのゲン」を参考にしたそうだ。
ついで昭和25年に話は飛ぶ。そこから一転して日常のリズムに戻る。重松と仲間たちは健康に不安を感じながら矢須子の縁談の心配もしている。
青乃とうまくいくのかと思っていると、やはり身元調査をされて破談になってしまい、それから次々と重松の友人そして妻が原爆症で倒れていく。
最後に矢須子は浴場で毛がどっさり抜ける。そのとき、ニヤリと矢須子が笑った。どきりとするシーンだが、おそらく自分の症状の原因がはっきり確定してホッとしたと同時に絶望したのだろう。

 

実は当初、作品のエンディングは全く別の形だった。15年後の昭和40年に飛んで、しかもそこだけカラーフィルムを使っている。
髪がなくなり、もう長くないと知った矢須子が全財産を整理して、最後の恋人悠一に別れを告げて四国八十八か所のお遍路さんに出るが、途中で行き倒れになる。

 

編集中のフィルムを私も見たが、どう編集しても良い作品になると思えなかった。
監督は映像作家としてのオリジナリティを残したかったが、井伏鱒二の原作の出来が完璧だったから、結局今村昌平のオリジナルが割り込む隙は無かったのだ。今回は、映画監督としての作家性を捨てることにした。
監督はスタッフとキャストに再集合を掛けて、モノクロ・フィルムで撮り直しをして矢須子が原爆病院へ搬送されるところで終わるようにしたのである。

 

これは世界の今村昌平だから出来たことであって、普通の監督なら許されないことだ。しかも長期ロケ合宿をする監督だから、いくら国内で賞を取り評判になっても、収入面では赤字だった。(国際的に原爆映画は評価されないので、外国に売れない)

その結果、次回作を作るために1997年の「うなぎ」まで待たなければならなかった。そしてこの作品で二度目のカンヌ映画祭最高賞(パルムドール)を獲得する。

 

 

Staff/Cast:

監督:今村昌平
脚本:石堂淑朗、今村昌平
原作:井伏鱒二
音楽:武満徹
撮影:川又昴
美術:稲垣尚夫
助監督:月野木隆、三池崇史

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出演
田中好子 高丸矢須子
北村和夫 閑間重松
市原悦子 閑間シゲ子
原ひさ子 閑間キン
山田昌 岡崎屋タツ
石田圭祐 岡崎屋悠一
小林昭二 片山
沢たまき 池本屋のおばはん
立石麻由美 池本屋文子
小沢昭一 庄吉
楠トシエ カネ
三木のり平 好太郎
七尾伶子 るい
河原さぶ 養殖業者・金丸
石丸謙二郎 青乃
大滝秀治 藤田医師
白川和子 白旗の婆さん
飯沼慧 高丸(実父)
殿山泰司 老僧
常田富士男 ヤケドの四十男 老遍路

黒い雨 1989 今村プロ製作 東映配給 「死ぬために、生きているのではありません」

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