名曲「リンゴの唄」を世に出した歌謡映画並木路子は、この映画で戦後アイドル歌手第一号になる。戦後のGHQ(連合国軍総司令部)の検閲を通った第1号映画でもある。

主演の並木路子は劇場の照明担当だが歌手になることを目指している役。
共演は楽団員役の上原謙、佐野周二、斉藤達雄
特別出演はコロムビア歌手の霧島昇、二葉あき子。もちろん白黒スタンダード。

あらすじ

18歳の少女みちは、劇場の照明係を勤めながら歌手を夢見ていた。楽団員舟田、平松はみちの才能を見抜き、歌を教えていた。楽団員横山とみちはお互い意識しているが故に、ツンツンしてしまう。
ある日、スター歌手の恵美が引退することになり、舟田はその後任にみちを推薦する。劇場の支配人の許可は降りず、みちにコーラスガールとして実績を積ませる。
コーラスガール仲間の話題は恋愛である。ピアニスト吉美の新婚家庭の様子や、舟田とスター歌手桜山幸子の恋バナを、みちは聞かされる。複雑な思いを持つみちは、横山のいつもの揶揄いに怒ってしまい、実家に帰ってしまう。
そこへ支配人が、スターとしてみちを抜擢することを決めた。横山は舟田の背中を押されてみちを迎えに行く。
みちは夢に見た歌手としてついにステージに立つのだった。

 

雑感

映画の出来は論評するほどのものではない。それより戦後初めてGHQ民間情報教育局(CIE)の検閲を通り、初めて上映された映画であることに意義がある。戦中の戦意高揚映画を上映するのは不可能であり、掛けられる映画は古臭い戦前映画ばかりだったのだ。
歴史を知らぬ人間は佐野周二の老け顔が並木路子の童顔に合わないと言うが、昭和20年に若い俳優は戦地から引き上げている最中なので、33歳の佐野だって三度も応召して生きて帰ってきたのだ。映画をつまらない内容なのは、それぐらいGHQ(日系人)の検閲が厳しかったわけだ。
できるだけ無難に検閲を通ることを目指した松竹は、おそらくアメリカ人の趣味を考えて、バックステージ・ミュージカルを作ったのだろう。それでも娯楽に飢えていた大衆に楽曲「りんごの唄」のヒットとともに、この映画は受け入れられた。

「りんごの唄」の歌詞はサトウハチローにより戦前に既に作られていたと言われていたが、のちの研究で戦後にロケ地へ向かう列車の中で書いたと言われるようになった。しかし以前から頭の中に構想はあったはずで、テンポが上がっても良いように文言の手直しをした程度だったのではないか。

主演並木路子は、SKD4期生で久世光彦、向田邦子作品の母役女優として有名な加藤治子の同期生である。1936年15歳でSKD入団して、既に9年目に入り歌の上手さでスターの座を掴んでいたが、映画女優としては初出演だった。彼女は母を東京大空襲で失い、父と次兄の乗った船も連合軍に沈没させられていた。さらに恋人も戦死していた。路子は複雑な思いでこの映画に出演しただろう。
映画では歌詞も作曲もレコード化されたものと少し違う。歌詞は「りんご畑で香りに蒸せて」で始まる幻の5番があった。秋田で歌うシーンで歌われる。
また2番で「軽ーいクシャミも」と“軽い“の音を長く溜める唱法が映画では取られている。くしゃみが出る瞬間を歌っているから、こう言う歌い方も“あり“なのだ。しかしレコードでは楽譜通りになっている。

映画が大ヒットして巷で歌われるようになったため、1945年12月31日、非公開放送だった「紅白音楽試合」に紅組として並木路子が出場し「リンゴの唄」を歌った。それも好評だったため、1946年1月に4番構成として再録音した「リンゴの唄」をコロムビアが発売して、大ヒットとなった。そのSPレコードには、「そよかぜ」「リンゴの唄」は共に映画主題歌であると書いてある。要するに両A面だった。

並木路子が尊敬していた、コロムビアの先輩歌手二葉あき子は劇中で、劇団のスター歌手役だが引退後に結婚が決まっており、最初のリハーサル・シーンで「宵待草」などを歌っている。ちなみに彼女自身はSKDと関係はなく、現在の東京芸術大学音楽学部出身だ。

霧島昇はデュエットが多い歌手だが、ここでもラストのコンサートシーンで主題歌「そよかぜ」を波多美喜子とデュエットしている。レコードでは「リンゴの唄」も並木路子とデュエットしているが、映画最後のコンサート・シーンではそれまでに何度も歌った一番を省き第二番から第三番を並木路子がソロで歌って、第四番で霧島昇、波多美喜子他がコーラスとして加わる。
霧島昇は「そよかぜ」よりもこの曲が売れると確信していたので、レコード化の暁には作曲者万城目正にデュエットさせてくれと直訴したそうだ。

収録された舞台はどこだろう。戦後すぐの頃はSKD(松竹歌劇団)の本拠地である浅草国際劇場は戦争で損壊していて使えなかったはずだ。洋楽や邦楽を歌って踊るのは松竹歌劇団だが、国際劇場より劇場のスケールが小さい。
りんごを収穫するロケ地は秋田県横手市増田町真人(まと)公園だそうだ。

でも言っておくが、女優として当時もっとも綺麗だったのは、歌わない奥さん役の三浦光子だ。

スタッフ

監督  佐々木康
企画  細谷辰雄
脚本  岩沢庸徳
撮影  寺尾清(犬飼助太郎)
振付  花柳啓之
音楽  万城目正

キャスト

みち  並木路子
舟田  上原謙
横山  佐野周二
平松  斉藤達雄
幸子  波多美喜子
みちの母  若水絹子
吉見  高倉彰
吉見の妻 三浦光子 
三平  加藤清一
歌手  霧島昇(特別出演)
恵美  二葉あき子(特別出演)

 

 

 

 

 

 

 

 

そよかぜ 1945.10 松竹大船製作 松竹配給 戦後のニュー・スター誕生

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