(△)楠田芳子(木下恵介の実妹)が一つ屋根の下で暮らす親兄弟の確執を描いたオリジナル脚本に松山善太(のちの善三)が脚色を加えたものを小林正樹が監督した家庭映画。
主演は久我美子、高峰秀子、佐田啓二。
共演は石浜朗、田浦正巳、浦辺粂子、大木実。
白黒映画。
あらすじ
森田屋は、川崎市で酒屋を営んでいる。戦後になってその主人良一の許にひろ子が嫁いできた。店には姑しげと、戦災で足が不自由になった義妹泰子、義弟登が同居している。
ひろ子の幼馴染の信吉が、職探しのため上京するが、上手く行かず、帰郷前にひろ子を訪れる。二度目に訪れた夜、ひろ子と信吉の関係について、しげと泰子はあれやこれやと臆測する。ひろ子はいたたまれなくなって、信吉を駅まで送っていく。すると、良一が追ってきて、「一本は信吉に一本はひろ子の父に」と言ってウィスキーを信吉に渡す。良一のやさしい姿に、ひろ子は結婚したんだと実感する。
義妹泰子は、足が不自由のために婚約者に捨てられた過去を持ち、頑なな女になっていた。ある日泰子は、女学校時代の友人夏子に声をかけられる。彼女は、夫が戦地に赴いたまま行方不明になっていたが、挫けず子供を育て上げるためにヨイトマケをして暮らしていた。
義弟登は、大学に行かせてもらっている。登の友人三井は、貧しい家庭出身のため、アルバイトをして寝る暇もなく勉強をしていた。しかし、肺に病を抱えていて、次第に顔色が悪くなってきた。登は、田舎に帰って体を治した方が良いと言う。それに対して、三井は卒業することが自分の生きている証だからと言って無理を続けて行く・・・。
雑感
社会派監督小林正樹のつくるひと味違う松竹家庭劇。橋田壽賀子が作った作品のようだった。
本作品は、1953年映画「壁あつき部屋」がお蔵入りになっている(BC級戦犯を扱った映画でGHQを刺激するとして自主規制され、1956年になってようやく公開された)から、通算四作目(公開は3番目)の監督作品である。
小林監督なのに、ちゃんと最後はハッピーエンドに終わって、女性向けプログラムピクチャーに仕上がっている。ただし良一やひろ子のセリフの端々に小林の持つ左翼思想が垣間見える。
小林監督は、京浜工業地帯である川崎市の工場から出る煙による大気汚染を全く無視している。恐らく、戦後間もない当時は工業の復興が急がれて、公害なんてものはまだ問題にされなかったのだろう。
小林正樹は、木下恵介の助監督であり、監督昇格後も松竹大船調とは全く異なるお蔵入り作品「壁あつき部屋」を作ってしまう。木下は妹である楠田芳子にオリジナル脚本を書かせ、小林の弟弟子である松山善太(のとの善三)が潤色した脚本を与えて、監督としての実績を作らせたかったのではないか。
高峰秀子は、映画「女の園」で自殺に追い込まれる役、「二十四の瞳」の大石先生と話題になる役に続けて出演していた。その次回公開作で、彼女が久しぶりにホームドラマに出演している。後に成瀬巳喜男監督が東宝で彼女を主演とする辛口ホームドラマを撮っているが、その先駆けになった作品かも知れない。
久我美子は、「女の園」に次ぐ高峰との共演作だ。今回はしっかりと演技勝負を見せてくれる。高峰より七つも若いから、まだ主婦役はあまり演じていない頃ではないか。
佐田啓二は、ただひたすら優しい理想的な亭主役だ。
スタッフ
製作 久保光三
脚本 楠田芳子
脚色 松山善太(善三)
監督 小林正樹
撮影 森田俊保
音楽 木下忠司
キャスト
酒屋の主人良一 佐田啓二
妻ひろ子 久我美子
妹泰子 高峰秀子
弟登 石浜朗
母しげ 浦辺粂子
信吉 内田良平
信吉の妹房子 小林トシ子
俊どん 大木実
登の友人三井 田浦正巳
泰子の友人夏子 中北千枝子
***
森田屋の昔の使用人俊どんは、復員後田舎から便りを森田屋によこす。泰子の現在を聞いてきたのだ。泰子は、嬉しくて何度も何度も読み返す。
すると、俊どんが川崎までやって来る。泰子は、足を見られたら嫌われると思ってまた外出してしまい、俊どんは帰ってしまう。
しかし、泰子の足が不自由になった今でも昔と変らぬ愛情を持っているのを知ると、涙ぐんで喜ぶ。
そこに夏子から、連絡があった。子供が急な盲腸に掛かって五千円が必要になったが、貸してほしいと言うのだ。泰子は、和服を売って金を作ろうとするが、良一はへそくりの全額五千円を渡して、病院に見舞いと言って差し上げて来いと言う。
泰子は病院に行き夏子を慰め、翌日俊どんの元を早速訪れたいと電話して来る。泰子が前向きになったことに、一家揃って大喜びし、彼女を送り出してやる。
泰子は、俊どんの故郷である赤石山麓に住み、一緒に幸福になりたいと願っていた。なかなか彼女が戻ってこないものだから、正月には、しげと登が俊どんの元を訪れる。
ついに森田屋に嫁いでから初めてひろ子は、良一と夫婦二人きりの夜を迎えた。