野球チーム毎日オリオンズ(現在のロッテオリオンズ)のスカウト担当者だった小野稔の小説「あなた買います」(1956)の映画化。
モデルはドラフト制度のなかった1955年秋に中央大学4年の強打者穴吹義雄(当時は陵洋、昭和8年生れで香川県人である)がプロ入り意思をなかなか明らかにせず、球界を大混乱させたあげく最後に南海ホークス(現ソフトバンク)を選択した事件である。
映画監督は当時40才の小林正樹で松竹での出世作である。脚色は前年に高峰秀子と結婚して張り切っていた松山善三、主演は佐田啓二(ブルーリボン男優主演賞受賞)と伊藤雄之助である。共演は豪華で大木実、岸恵子、水戸光子、多々良純、三井弘次、織本順吉、東野英治郎、花澤徳衛ら。
あらすじ
スカウトの岸本は球団の命令で昭和大学の左打者栗田獲得に動く。
栗田には大学の学費を負担しているパトロン・球気がいた。しかも栗田の両親の委任状を持っていた。しかも日中戦争でのスパイ上がりらしく、何を考えているか分からずしかもガメツイ。この男にエサをやれば何とかなると考えた岸本は、コバンザメのように球気に食らいつく。球気が胆石の仮病を使い同情を引くやり方は汚かったが、粘り強い岸本に対して球気は心を開くようになった。
ところが高知の栗田の兄弟から突然、球気に対して絶縁状が届く。他球団に家族はお金を積まれて欲が出たのだ。球気はあまりに突然のことで胆石が本当に悪化する。
いよいよ契約交渉は高知の実家に持ち越しとなる。栗田家には多くのスカウト関係者が日参し、毎日競りのように各球団は入団金を釣り上げていった。しかし栗田は寝込む球気を見舞う席でも決して本心を明かさなかった。
結局長男を買収したチームでもなく、球気の推す岸本のチームでもなく、監督が好きだからという理由で大阪ソックスと栗田は契約した。どうやら栗田家の四男は知っていたようだ。血の気の多い長男は四男を追いかけ回し、出刃包丁で刺してしまう。その横で五男坊の栗田選手は晴れ晴れした顔でインタービューを受けている。
岸本が宿に帰ると、球気は亡くなっていた。この世界は何か狂っている。
雑感
伊藤雄之助が本来なら主演賞候補になるのだが、脇役扱いだ。市川崑など他の監督なら伊藤雄之助をもっと上手く撮れただろう。フリー俳優だから仕方ないのか。また岸恵子の見せ場がなかった。会社の編集にも問題があったのだろう。制作も大したことはない。大阪ソックス勝利の立役者であるスカウト古川(山茶花究)が後半の高知ロケでほとんど姿を消したが、スケジュールの問題かな。要するにスタッフに恵まれていない。
でも佐田啓二は畢生の名演だった。この映画に関しては、息子の中井貴一よりずっと上手い。これを引っ張り出したのは松山善三の脚本と、小林正樹のメガホンだったろう。
結局、栗田のモデル穴吹選手は我を通しただけなんだけど、タイミングが遅過ぎて他球団に迷惑をかけてしまった。そのためにプロに入ってから各チームのエースにマークされたうえ、鈍足であり右投手の変化球に弱かったために最高打率.289、打撃タイトル無しで現役生活を終えている。ただし鶴岡監督の下で優勝経験6回、日本一2回を経験している。
南海コーチになってからは、長く二軍監督を続けたが、一軍監督としては3年連続Bクラスで終わった。2018年に亡くなったときも「あなた買います」の穴吹義雄が亡くなったと報じられた。
毎日オリオンズ(親会社毎日新聞社)は穴吹獲得合戦に参加して南海ホークスに敗れて、1957年に同じパシフィックリーグの大映ユニオンズと合併し、実質的に球団経営から撤退している。そもそもパシフィックリーグは毎日新聞社が読売新聞と中日新聞が属するセントラルリーグに対抗して作ったリーグである。毎日オリオンズは初代パリーグチャンピオンで、2リーグ制最初の日本シリーズ覇者であったが、僅か8年で球団を放り出してしまった。毎日新聞の長期低落はここから始まったと言っても過言ではない。
この映画を撮ったのが松竹ロビンスの親会社松竹で、ロビンスは第一回セリーグの覇者で日本シリーズで毎日に2勝4敗で敗れているのは何かの縁か。その後1953年に大洋ホエールズと合併し、洋松ロビンスになり1955年に大洋ホエールズと改称して松竹は球団経営から撤退する。
事件の2年後、1957年オフに南海ホークスは立教三羽烏の内二人、長嶋茂雄と杉浦忠の同時獲得を狙った。長島本人は南海入りの意思を内々に表明したらしいが、読売巨人軍が長島の家族を口説き落として逆転獲得し、南海に一矢を報いた。(もう一人の本屋敷は阪急ブレーブス入り)これがセ・リーグの人気沸騰、パ・リーグ人気衰退の一大契機となった。
このGHの争いは令和になった今も続いている。
スタッフ・キャスト
監督:小林正樹
脚本:松山善三
原作:小野稔
撮影:厚田雄春
音楽:木下忠司
撮影助手:川又昂
配役
スカウト岸本:佐田啓二
栗田五郎:大木実
栗田の師匠・球気:伊藤雄之助
球気の愛人涼子:水戸光子
笛子(涼子の異父妹):岸恵子
栗田家長男:三井弘次
栗田家四男:織本順吉
栗田家次男:花沢徳衛
貿易会社社長:東野英治郎
スカウト島:多々良純
大阪ソックスのスカウト古川:山茶花究
あなた買います 1956 松竹大船 実録仁義なきプロ野球スカウト合戦