ドリス・デイを思い出すとき、この映画を忘れてはならない。33歳と脂が乗りきったドリス・デイの傑作バックステージ映画である。1920年代からトーキー初期までの人気だったルース・エッティングの芸能生活を描いている。タイトル曲「Love me or leave me」は当時の彼女の代表曲。
監督はチャールズ・ヴィダー、原作・脚本はダニエル・フックス(アカデミー原案賞受賞)。共演は夫スナイダー役にジェームズ・キャグニー、愛人ジョニー役にキャメロン・ミッチェル

 

 

あらすじ

 

ルースはシカゴのしがない踊り子。しかしスタアになるという野望を胸に秘めていた。それを援助したのがギャングのスナイダー。表向きは、おしぼりクリーニング店を営みながら、裏では盛り場からショバ代を稼いでいた。しかしルースを見初めて以来、ルースのマネージメントを通してショービジネスの世界に入っていく。スナイダーはすっかりルースにぞっこんだったが、ルースはピアニストのジョニーを愛していた。
スナイダーはニューヨークのミュージカルの名プロデューサー、ジークフェルトに売り込み、ルースを「ジークフェルト・フォリーズ」に出演させることに成功する。公演は成功し、ルースは全国的な名声を勝ち取る。満を持してスナイダーは彼女との結婚を発表する。
芸能人は結婚を公表したときから離婚し始めると言うが、彼女もその通りだった。次第に二人の仲は険悪となり、決定打はハリウッド・ミュージカル映画に招かれ、音楽監督となったジョニーと再会した事。彼らの仲はスナイダーの知るところとなり、ある夜ジョニーはスナイダーに撃たれる。ジョニーは幸い命に別状なく、スナイダーは保釈され刑事裁判を待つ身となる。ルースは無名時代から支援を続けてくれたのは他ならないスナイダーだったことを思い出し、彼の店で「Love Me Or Leave Me」を歌うところでエンディング。

 

雑感

 

映画を見る以前、ドリス・デイが一人で歌いきっているサントラのレコード(アメリカで大ヒットした)を持っていて愛聴していた。のちに映画を見ると、ミュージカルでなく、ショーやミュージカルのリハーサルシーンで劇中歌を次々に歌うものだった。その中でも最初の曲「It All Depends On You」は毎回鳥肌になる。田舎者として登場したドリスがいざ歌い出すと、短いフレーズの中にこれほどまで情感を音楽に込められるのかと感嘆してしまう。
ドラマ部分ではジェームズ・キャグニーが毎度のように凄い演技を見せている。ギャングなのだが、どこか憎めない男だ。初めはスペンサー・トレイシーがキャスティングされていたそうだが契約できず、キャグニーに回ってきた。すると、キャグニーはアカデミー歌曲賞を取りながら、まだ本格女優と認められていなかったドリスを主演に起用させ、自らは助演に引っ込んでしまう。彼の目論見は的中し、彼女は演技派女優の一人として認められることになる。彼女が讃えられているのは歌手としてだけでなく、女優としての側面もあるがそれはひとえに彼のおかげだろう。彼はこの後、ギャング役を引き受けなくなったという。
それから一つ言いたいことがある。この映画に善人は出てこない。実はルースとジョニーもW不倫であり、事件後、二人は芸能界から姿を消し、レストランを経営したそうだ。当時は彼らが存命だったので、その辺は柔らかく描いているが、今だったら壮絶な話になる。ルースも若い頃は上昇志向が強くスナイダーを利用するだけ利用して、邪魔になったから捨てたのが事実。良い人のいないハッピーエンド映画もたまには良いものだ。
この映画の公開される前年にジュディ・ガーランドのワーナーでの復帰作「スタア誕生」が上映された。ゴールデングローブ賞では主演賞をジェイムズ・メイスンとW受賞したが、アカデミー賞は6部門ノミネートされたが一つも取れなかった。
情欲の悪魔」には、「スタア誕生」に対する、ジュディの古巣MGMの回答という側面もある。いくら酒焼けしていても声量ではジュディの圧勝だったが、情感でドリスはジュディを上回ってしまった。この映画のおかげで、ますますジュディはやりきれなくなったことだろう。それがジュディが同じ歳のドリスより50年も短命だった原因に思えてならない。

 

 

スタッフ・キャスト

 

監督 チャールズ・ヴィダー
製作 ジョー・パスターナク
原作 ダニエル・フックス (アカデミー原案賞)
脚本 ダニエル・フックス 、 イソベル・レナート
撮影 アーサー・E・アーリング

 

配役

ルース・エッティング ドリス・デイ
マーティン・スナイダー ジェームズ・キャグニ
ジョニー  キャメロン・ミッチェル
バーニー・ルーミス  ロバート・キース
ジョージー  ハリー・ベラバ
情欲の悪魔 Love Me Or Leave Me 1955 MGM

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