アンリ・ヴェルヌイユ監督で、名優ジャン・ギャバンが生涯ただ一度だけジャン・ポール・ベルモントと共演したフランス流の人情噺。
おいおいと泣けるわけではないのだが、終わってから気付くと女性はうっすら涙ぐんでいる作品だ。
日本ではジャン・ギャバンが亡くなって20年経った1996年まで劇場公開されなかった(ビデオにはなっていた)。上映されてからは、たびたびCS等で放映されている。

 

 

あらすじ

題名は中国で冬になると餌を求めて人里に猿がやって来ることを意味する。主人公カンタンがフランスの上海租界地に水兵として派遣されていた時に見たという。
退役後、彼はノルマンディの小さな漁村で旅館を経営していたが、飲み屋を経営している悪友エスノーと娼館に行っては当時の冒険話を懐かしくして酔っ払っていた。
やがて第二次世界大戦が起き、フランスはナチスドイツに占領され、町はドイツ兵で賑わい出す。ところが D-day に、連合軍の激しい空襲に遭い、カンタンは地下のワインセラーに篭って必死にお祈りをした、「助かったら断酒します」と。

15年後、町はすっかり寂れてしまったが、幸いにしてカンタンもホテルも無事だった。カンタンはあの夜以来、一滴も酒を飲まず夜も妻一筋で、悪友エスノーとも仲違いしてしまった。
そんなとき、カンタンのホテルをガブリエルという若者が訪れる。宿泊した当日、夜中にエスノーの酒場で酔い潰れて、つまみ出される。しかし騒ぎを起こしても何も言わないカンタンに父のような温もりを感じる。またカンタンもかつての自分を見るような気持ちでガブリエルを見守った。一人、カンタン夫人だけがカンタンの危ない変化に気付いていた。
実はガブリエルは妻に逃げられ、寄宿舎学校に入れた娘を迎えに来たのだ。しかし娘マリーにプレゼントを送ってやりながら、親子の名乗りができない。彼は再び酒を煽り、警察沙汰になる。素面になりかけて、彼は娘に合わせる顔がないことに気付く。
そこでカンタンは15年ぶりに酒を飲むことを妻に対して宣言する。カンタンとガブリエルは15年ぶりの娼館で底なしに飲んで、洋服店に置いてあった打ち上げ花火を持ち出し、夜の海岸で全部ぶっ放す。季節外れの花火大会に町の人たちは大喜びだ。町の英雄となったガブリエルは、晴れて娘に名乗りを上げてパリへ連れて帰ることになった。列車には墓参りに行くカンタンも途中まで一緒だ。カンタンは娘の前で、自慢げに冬の猿の話をする。カンタンと別れた後、娘は「猿の話は本当?」と尋ねる。ガブリエルは「本当さ、だけど1匹だけだ」と答える。

 

雑感

 

主人公にとっては、花火大会は最後の祭りの夜だった。奥さんの狼狽の仕方は、大切な人が遠くへ行ってしまう事を暗示している。この冬の間にカンタンの病気が急に悪化して、ぽっくり逝ってしまったんだろう。

ジャン・ギャバンはミュージカルホールの芸人出身らしく、自分は表情を全く崩さず観客の笑いを取ることもお手の物だ。ヌーヴェルバーグであまり目立たないベテラン共演者も、ここではみんな素晴らしく輝いて見えた。

一方国立演劇学校(コンセルヴァトワール)卒業のエリートであるJPはそれまで主演作が続いていたが、相手役に回ってみるとギャバンに食われてしまい、まだまだ貫禄不足だと分かる。軽いコメディは上手なのだが、こういう人生の重味を感じさせるコメディは二十九歳のJPには荷が重かった。だからJPはギャバンとこれ以後共演しなかったのだろう。

これは舞台劇にもなりそうだ。何しろ娼館、ホテルの部屋、食堂、エスノーの酒場そして海辺だけでいい。
かつての東芝日曜劇場なら、頑固な主人公は三国連太郎か山崎努、ガブリエル役は田中邦衛か若き日の水谷豊か、夫人役は受け芝居だから古くは沢村貞子、あるいは香川京子かな、

音楽のミシェル・マーニュがよい仕事をしている。サントラがあるが、主題歌は胡弓風のメロディに銅鑼さらにキハーダなどの南米打楽器も組み合わせて、まるで中華風マカロニウェスタンのような味わいを出している。他の曲はこの変奏曲なのだが、主題歌の印象が強烈すぎて、俺は何処にいるんだという気持ちにさせる。

 

スタッフ・キャスト

監督 アンリ・ヴェルヌイ
製作 ジャック・バール
原作 アントワーヌ・ブロンダン
脚色 フランソワ・ボワイエ
台詞 ミシェル・オーディアール
撮影 ルイ・パージュ
音楽 ミシェル・マーニュ
美術 ロベール・クラベル

宿屋の主人カンタン ジャン・ギャバン
旅人ガブリエル ジャン・ポール・ベルモンド
(スザンヌ・)カンタン夫人 シュザンヌ・フロン
洋装店主ランダウ ノエル・ロックヴェール
酒場の主人エスノー ポール・フランケール
少女マリー シルヴィアーヌ・マジョリ
娼館の女将ジョージア エラ・ペトリ

 

冬の猿 Un Singe En Hiver 1962 フランス製作 ケイブル・ホーグ(現アダンソニア)国内配給 (ジャン・ギャバン没後20年記念作品)

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