ユーゴスラビア映画、パルムドール二回受賞の巨匠エミル・クストリツァ監督の98年作品。
何を置いても元気がよいコメディーだ。インド映画あるいは黒人映画級のパワーを兼ね備える。しかし、その背景にはユーゴの暗い世情があることを忘れてはなるまい。

 

ドナウ川のほとりに住むザーレ少年(Fアイディニ)は17歳になる。いつもドイツの観光船を見て、いつか自分もあの船に乗りたいと願っている。彼を見守る飲み屋の娘イダブランカ・カティチ)は、たまに銃の乱射をしたりして、ちょっと切れているが、ザーレと相思相愛だ。
ザーレの父親マツコは、しけた博打打ちだ。新興やくざで、いつも薬漬けのダダンS・トドロビチ)に鴨にされている。
とうとう、ダダンの借金で首が回らなくなったマツコは、ザーレとダダンの妹の結婚話を承諾してしまう。ダダンの妹は身長1mで「テントウムシ」と言うあだ名だ。
ザーレとイダは、何とか結婚式を中止する方法は無いかと思案するが、そんなときザーレの祖父が急逝する。この地方では葬儀の後、40日は喪に服さなければならず、結婚式は行えない。
ところがダダンは、祖父の死体を屋根裏に隠し、式を強行しようとする。そこへ祖父の親友でマフィアの大ボス「ゴッドファーザー」がファミリーを連れて乗り込んでくる。

音楽はジプシー音楽中心。結婚式でのジプシーダンスは際だってパワフルで、画面に活気を与えている。インド人や黒人のダンスはシステマティックだが、ジプシーのダンスは形もへったくれもない。躰中からパワーをみなぎらせるようなダンスで、観てるだけで元気になる。
何せ、出てくる連中の殆どが切れちゃっている。おそらく現在のユーゴ人もほとんど切れちゃっているのだろう。素晴らしい映画だ。
ヒロインのイダ役のブランカ・カディチは、キャサリン・ターナーをブスにしたような顔だが、乗りの良いお姉さんだ。銃を乱射したかと思うと、ひまわり畑でザーレを誘惑したり、彼女のあっぱれさに、すっかりこっちも感情移入してしまった。いい女だ(笑)
他にダダン役のトドロビチもユーゴのバート・レイノルズ+泉谷しげるって感じだが、「切れ味」の良い役者。他の連中も達者だった。

 

クストリツァのユーゴ内戦以前の作品は、社会主義や世界大戦の影響、しこりを強く受けたもので鋭い社会風刺があった。
今回、彼がこれだけ脳天気な作品を発表したのは、それだけ現実が厳しい時代になり、風刺なぞで済むような問題ではなくなったからだろう。

黒猫白猫 (1998, 新ユーゴ-仏-独)

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