1941年のオーソン・ウェルズ・ラジオ劇場用の最初の脚本「ヒッチ・ハイカー」を書いたのがルシール・フレッチャーという女性。彼女は他にも「私は殺される」のラジオドラマ脚本を書き映画脚本に脚色している。そのときの夫がバーナード・ハーマンで後のヒッチコック映画でも使った曲を用いている。
この作品はフォロワーであるヒッチハイク・サスペンスやホラー映画を数多く生み出した。
流石にオーソン・ウェルズのドラマを直接真似することは憚られて、映画はオリジナル脚本を制作チームが集結して作家ダニエル・メインウェアリングの原案を巧みに練ったようだ。ボギーとも共演している大女優アイダ・ルピノは自ら監督と共同脚本を引き受け、今に至る女性監督の歴史におけるパイオニア的存在となった。別れた夫コリア・ヤングがプロデューサーと共同脚本を担当するという妙な家内制手工業的B級映画でもある。
その監督の趣味かもしれないが、ファムファタールに当たる女性がこの映画に存在しない。風呂にも入らず男臭いメキシコ珍道中に仕上がっている。1953年に上映され、復員兵が被害者の一人に描かれるなど、戦後色を出している。
内容はボーエンが仲間コリンズを誘い出しアリゾナへ遊びに行こうとする。ところがメキシコでウロウロしてるところを連続ヒッチハイク強盗殺人犯エメット・マイヤーズカージャックされる。ガソリンと食料を調達しながらメキシコの悪道を南下する三人。そんな姿が当局にバレないわけがない。そこで当局は偽情報を流してマンマと三人を罠におびき寄せ、マイヤーズを逮捕するのだった。
最後の逮捕劇はあっけなかった。しかし実際の事件に基づいているからそんなものなのだろう。
可愛い子ちゃんが出ないのは納得できないが、逆に言えば男性監督なら必ず拉致被害者の一方を女性にする筈。何故女性を起用しなかったか。おそらくアイダ・ルピノは男同士の友情を描きたかったのだろう。
ボーエンは大戦で兵役経験者であり、銃の腕前を見ても分かる通り場数や修羅場を数多く踏んでいる。一方コリンズはそのような描写がなく、マイヤーズも戦争とは無縁だったようだ。
したがってボーエンが慎重に行き残る方法を考えていたと思われる。ボーエンのミッションは自分が旅行に連れ出したコリンズに対して責任を感じており、絶対一緒に生きて帰るということ。だから警察を信じて慎重策を取らざるを得なかった。
そういう意味でアイダ・ルピノ監督はBL映画の先駆者と言えるのではないか。
スタッフ
監督アイダ・ルピノ
脚本アイダ・ルピノ、コリヤ・ヤング、ロバート・ジョセフ、ダニエル・メインウェアリング
キャスト
エドモンド・オブライエン
フランク・ラブジョイ
ウィリアム・タルマン
ヒッチ・ハイカー 1953 Filmmakers制作 (RKO RADIO PICTURES配給)

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