英国のアルフレッド・ヒッチコック監督は念願のハリウッド進出において「風と共に去りぬ」の製作者デビッド・セルズニックの辣腕を借りた。セルズニックの示した条件は彼に指定された10作品を監督する契約だ。その10作目でありセルズニック製作の4作目が、この「パラダイン夫人の恋」である。
主演はグレゴリー・ペック、共演はアリダ・ヴァリ、アン・トッド、ルイ・ジュールダン、チャールズ・ロートン、チャールズ・コバーンなど今から見ると超豪華メンバーだ。ただし当時アリダ・ヴァリとルイ・ジュールダンはハリウッドで新人扱いだった。
ちなみに英語版音声ではパラダイン夫人ではなく、パラディンと発音している。
あらすじ
1946年の春、英国の英雄パラディン氏の未亡人マデリーナ(アリダ・ヴァリ)は、夫を毒殺したかどで起訴された。夫人はフレイカー卿(チャールズ・コバーン)に弁護を依頼するが、卿は辣腕弁護士アンソニー・キーン(グレゴリー・ペック)を推薦した。キーンは調査を進めるうちに、パラディン家の使用人アンドレ(ルイ・ジュールダン)が関与していると推理した。その推理を夫人に陳べると、何故か彼女は彼を巻き込むなと言う。キーンの妻ゲイは夫が秘かに夫人に惹かれていることを感じて、そのために夫が失敗するのではないかと心配する。
冷徹なホーフィールド判事(チャールズ・ロートン)のもとで公判が開始された。キーンは死因が自殺だと証明しようとしたがアンドレの証言により失敗した。キーンはアンドレを犯人にするしか夫人の無罪を勝ち取る方法はなかったが、アンドレはパラディン夫人から誘われて情交したことを証言し、間もなく自殺を遂げた。そのことを聞かされた夫人は、捜査前に夫のワイングラスを洗って毒の後を自ら消したことを証言する。そのうえで夫人は愛していたアンドレを殺したのはキーンだと罵った。いたたまれずキーンは彼女の弁護から降りたが、妻ゲイは全てを許してくれた。
雑感
この作品は興行的に失敗した。主たる原因はキャスティング・ミスであり、その根本的理由は監督と製作者の意思不統一だった。セルズニックは口出しをする製作者であり、ヒッチコックは我慢に我慢を重ねて付き合ってきたが、契約上の最終作品となって手を抜いたようだ。
最初にセルズニックはタイトルロールとして長期休養明けのグレタ・ガルボを推し、ヒッチコックは弁護士役にローレンス・オリヴィエを推した。この二人なら無難だったが、ガルボはハリウッド映画嫌いだったこと、オリヴィエは「ハムレット」に専念することを理由に降りてしまった。結局、ヒッチコックは「白昼の決闘」「白い恐怖」でセルズニックと相性の良かったグレゴリー・ペックを推し、セルズニックはイタリア人の新鋭アリダ・ヴァリを起用した。撮影や美術面で見るところは多い。
しかしセルズニック映画は情緒的であり、理路整然さに欠ける。そのうえ法廷映画となり、グレゴリー・ペックが英国人弁護士に見えず敗着となった。アリダ・ヴァリが上手すぎてグレゴリー・ペックの不器用さを際立たせてしまった。彼女は「舞台荒らし」だったのだ。セルズニックは米国人女優に拘り、ヒッチコックは弁護士に英国人俳優を起用するべきだった。
しかし映画「ローマの休日」でケイリー・グラントが降りた後に、無骨なアクション派になっていたグレゴリー・ペックを起用したのも、ウィリアム・ワイラーのインスピレーションにこの大失敗が引っ掛かったおかげだろう。
スタッフ・キャスト
製作 デイヴィッド・O・セルズニック
監督 アルフレッド・ヒッチコック
原作 ロバート・ヒチェンス
潤色 アルマ・レヴィル 、 ジェームズ・ブリディ
脚本 デイヴィッド・O・セルズニック
台詞 ベン・ヘヒト
撮影 リー・ガームス
配役
アンソニー・キーン グレゴリー・ペック
ゲイ・キーン アン・トッド
パラディン夫人 アリダ・ヴァリ
アンドレ・ラトゥーア ルイ・ジュールダン
ホーフィールド判事 チャールズ・ロートン
ホーフィールド夫人 エセル・バリモア
ファレル検察官 レオ・G・キャロル
サイモン・フレイカー卿 チャールズ・コバーン
ジュディ・フレイカー(娘) ジョーン・テッツェル