J・リー・トンプソン監督グレゴリー・ペックの名コンビ(ナバロンの要塞、恐怖の岬、マッケンナの黄金)が四度組んだ。今回は中国文化大革命というリアルタイムの問題に迫った。

同時期の超豪華ラインナップの「マッケンナの黄金」と比べるとかなり低予算で、しかも香港映画「さらば、わが愛/覇王別姫」などの反文革映画を見た後で見直すと、別の意味で大笑いである。

しかもタイトルは「ミクロの決死圏」(1966)のパクリ。

でも現実に文化大革命で数多くの若者が洗脳され、映画に出てくるリー教授のような進歩的な人たちの命が多く失われたことを忘れてはならない。

スタジオは英国で、ロケは当時の台湾で行った。

 

あらすじ

 

ノーベル賞を受賞した生化学者ハサウェイのもう一つの顔はアメリカの優秀なスパイだった。
今回の指令は、香港から中国に入り、研究仲間だったリー教授の逃亡を支援し、教授が発見した新しい酵素の分子モデルを米国に持ち帰ること。

香港で中国お得意のハニートラップを仕掛けられるが、天下のハサウェイ教授はどこかの宰相と違って、そんなことで動じない。中国国防部の重要人物インと出会い、アメリカと国交の無かった中国に入国することを許される。そして毛沢東主席直々の計らいでリー教授と娘に会わせてもらう。

リー教授は田舎に幽閉されていた。娘も生化学者だが、自ら転向するしか身を守るすべは無かった。

教授がマオイズムに被れた村の青年たちに辱めを受けた翌日、服毒自殺した遺体で発見される。ハサウェイには赤い「毛沢東語録英語版」が残されていた。

ハサウェイは酵素の分子モデルを盗み出すことにも失敗してしまい、ソ連側の協力者とともに脱走を図る。しかしこちらの動向を感づいていた中国軍が追って来る。そうなると、地雷まみれの中ソ国境を越えるしか無かった。

ハサウェイに魔手が迫るとき、米軍上層部は大きな決断をする。実は送信機を脳に埋め込んむ手術をしたとき、ハサウェイに知らせずに自爆装置も埋め込んでいたのだ。ハサウェイから連絡が途絶えた時点で、自爆装置は作動を始めた。何事があっても33秒後にハサウェイの頭が吹っ飛ぶ。

 

 

 

雑感

 

アメリカ、ソ連と中国の関係がわかりにくい人もいよう。文革について少し説明する。

まず文革以前から中ソは対立していた。ポスト・スターリン時代になって、資本主義的手法を採り入れだしたソ連と、原始共産主義を引きずる毛沢東は全く合わなかったのである。

中国の文化大革命は、改革派である劉少奇、鄧小平を追い落とすための江青女史一派の策謀であったと言われているが、実際は50年代の大躍進政策(国営化運動)の失敗によって党での権威を失った毛沢東が復権するための愚策である。要するに毛沢東は、当時のソ連が忌み嫌っていたスターリン主義に染まってしまったのだ。

しかしその革命に歯止めがかからなくなり、中ソ国境紛争やプラハの春などの共産圏の動揺や、西側諸国の大学紛争などに波及し、「安定した」米ソ冷戦状態にまでヒビが入った。それまでいがみ合っていた米ソは一転協調して中国を強く牽制した。その辺りの事を映画は描いている。

 

そういう政治的背景は面白そうなのだが、その映画化がこうなるのかと言われると、かなり呆れてしまう。もう少し、知識人が襲われた悲劇を上手く描けなかったのかな。

 

 

映画に出てくる毛沢東も似ても似つかぬ影武者であることが丸わかりだし(中国人ではなく日系人俳優を起用)、アーサー・ヒルのアイパッチ眼鏡も何か仕込んでるのかと思ったが何でも無かった。「さよならミス・ワイコフ」のアン・ヘイウッドも最初と最後に出ただけで全く見せ場なし。

 

しかしイギリス人俳優アラン・ドビーが重要な副官役で出てきたのは嬉しかった。また今回、Blu-ray特典映像にジーニア・マートン(テレビシリーズ「スペース1999」のサンドラ・ベネス役)の全裸シーンがあった。おそらくプロデューサーがカットしたシーンの一つだろう。ひざまずいてグレゴリー・ペックのズボンを下ろそうとしている。そういえばこの人は、欧米人から見てエキゾチックな外見でセクシー担当だった。日本人から見ても気になる存在だ。

 

 

結局、中国はこんな革命の愚かさに気付きながら1976年毛沢東が死ぬまで全く動けず、その隙にアメリカがソ連を裏切ってニクソン大統領が訪中し、調子に乗って田中角栄首相まで訪中して平和条約を結んでしまう。

中国も若者が「徴農下放」で紅衛兵として田舎送りとなったため15年も発展が大きく遅れ、ソ連の鉄のカーテンにヒビが入り、アメリカもベトナム戦争に負けて、日本が一人勝ちした時代である(最後にアラブの石油王に足元をすくわれて、田中角栄が検察に逮捕されるが)。

 

なお音楽はジェリー・ゴールドスミス(猿の惑星)が担当していて、映画の出来に反して本格的である。

 

 

キャスト・スタッフ

 

監督 J・リー・トンプソン
製作 モート・エイブラハムズ
脚本 ベン・マドウ
撮影 テッド・ムーア
音楽 ジェリー・ゴールドスミス

 

配役

 

ハサウェイ教授  グレゴリー・ペック
教授の恋人ケイ  アン・ヘイウッド
シェルビー中将  アーサー・ヒル
ベンソン  アラン・ドビー
スン・リー教授 ケイ・ルーク
娘チュー  フランシスカ・ツー
チン・リン  ジーニア・マートン
毛主席  コンラッド・ヤマ
イン  エリック・ヤング

 

0(ゼロ)の決死圏 The Chairman 1969 英米製作 20世紀フォックス配給 グレゴリー・ペック主演スパイ映画

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