(△★★)厚木附近で近郊農業を営んでいる、戦争未亡人を中心に親族たちの一年を描いた文芸映画

和田伝の原作小説を橋本忍が脚色し、「杏っ子」の成瀬巳喜男が監督した、監督初のカラー映画で、玉井正夫が撮影している。

主演は漆島千景
共演は木村功、中村鴈治郎、小林桂樹、司葉子、水野久美、杉村春子

雑感

美しい未亡人とある男性の出会いから別れまでの一年間を、時代と共に移りゆく厚木の農村を背景にして描いた傑作映画
当時の世代の違う農民たちの様々な心情が見事に描かれる。

不倫関係も田舎では公然の秘密として扱っている。夜這いが自然に行われていたのだから、これも当然だろう。

題名「鰯雲」は、東宝が映画「浮雲」の二番煎じを狙ったらしい。ただし、鰯雲は秋の季語であり、夏に出るのは季節外れだ。
厚木のロケは、半年間にわたって行われた。
それほど東宝が熱を入れた映画の原作小説は、今やほぼ忘れ去られている。

このロケ地は、今も農業を続けているだろうか。高度成長時代に入って、次男三男は東京に出て行き、娘を嫁に出す資金を作るために開発業者に売却されて住宅化されたような気がする。とすると、映画の描く風景も歴史的資料だ。
しかし、この映画が描きたかったのは農業だけではない。あらゆる時代のあらゆる人々が、世の移り変わりの中で置いて行かれるのだ。

映画の難点を挙げるとすると、淡島千景中村鴈治郎の農機具を扱うさまがなっていないことだ。宝塚の娘役と歌舞伎役者では無理だった。
淡島千景と新珠三千代は、同級生の設定だが実際は淡島が6歳上だ。八重は甥の初治より年上の設定だが、逆に小林桂樹は淡島より1歳年上だ。
当時、東宝の新人だった水野久美が若々しい。

キャスト

淡島千景  農家の未亡人八重
木村功  新聞記者大川
二代目中村鴈治郎  兄和助(本家)
清川虹子  兄嫁タネ(和助の後妻)
小林桂樹  甥初治(長男)
太刀川寛  甥信次(次男)
大塚国夫  甥順三(三男)
織田政雄  大次郎(分家)
賀原夏子  妹やすえ(大次郎の妻)
水野久美  姪浜子(大次郎の娘)
飯田蝶子  ヒデ(八重の姑)
久保賢(山内賢)  正(八重の息子)
杉村春子  とよ(みち子の継母)
司葉子  みち子
新珠三千代  親友千枝(千登世の女主人)
見明凡太朗   白瀬(千枝のパトロン)
加東大介   村役場の助役
長岡輝子  近所の奥さん

スタッフ

製作  藤本真澄、三輪礼二
原作  和田伝
脚色  橋本忍
監督  成瀬巳喜男
撮影  玉井正夫
音楽  齋藤一郎

ストーリー

東京近郊の厚木の農村が舞台。
新聞記者・大川は、女学校を出ながら夫を戦争で失って農家を切り盛りする八重を取材する。非常に合理的で歯にもの衣せぬ八重の舌鋒に大川は興味を抱く。大川と一緒に入った町の料亭「千登世」の女主人は、八重の女学校の同級生千枝だった。彼女らは旧交を温める。
同じ村に住んでいる、八重の兄和助には四人目の女房と子供が七人もいた。和助は、機転の利く妹八重に長男初治の嫁探しを頼んでいた。それなら、大川が良い娘がいると言って八重とその娘みち子に山奥の村まで会いに行く。その日は、身辺調査だけして宿に泊まり、夜に大川と八重は初めて結ばれる。大川だけ先に帰り、八重はみち子とその義母とよと出会う。とよは、和助の二度目の妻だった女だが、幸い初治と血縁はなかった・・・。

和助は、三男順三を分家の娘浜子の婿にする気だ。その浜子が大学へ進みたいと言い出したので、彼は分家に土地を返せと文句をつけた。そこで浜子は町の洋裁学校に通い始め、銀行勤めの次男信次と次第に懇ろになる。
和助は、見栄っ張りなので初治の結婚式を昔風に盛大にやりたかった。しかし、金策を待っていてはいつになっても結婚できない。初治は、千登世の二階に一室を借り、みち子と世帯を持ち、小作人に農地解放で取られた田を借りて稼いだ。
和助は、その部屋でとよと30年ぶりに会い、二人は語り合った。とよが山林を売って若い夫婦に家を買ったと言ったので、和助も底地を提供することにする。
三男順三が東京で自動車の修理工になると言い出した。初治は、その諸費用のために父に田を売らせようと運動したが、父は頭を振らなかった。
しかし、信次と浜子が結婚すると言い出す。仕方なく和助は、順三のために田を売ることにした。初治夫婦は、信次たちと合同結婚式を公民館で挙げ、参加する友人たちが会費を出し合って初治たちを助けた。
本社に転勤することを機会に八重は、大川と別れる。彼が東京に帰る日、八重は農作業をしていた。初夏に珍しい鰯雲が出ていた。

鰯雲 The Summer Cloud 1958 東宝東京製作 東宝配給 - 淡島千景主演で成瀬巳喜男監督が農民を描く文芸映画

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