1950年にイギリスで製作されたアメリカ映画。
アルフレッド・ヒッチコック監督としては珍しいフーダニット(犯人当て)のミステリ映画。原作
主演ジェーン・ワイマンよりも共演者のマレーネ・ディートリッヒの妖艶さが遙に際立っている。

あらすじ

王立演劇学校に通うイブと、男友達のジョナサンはロードスターに乗って警察の追手から逃れていた。その日、彼の部屋に女優シャーロットが血だらけの姿でやって来て、彼女の夫を殺したと告白した。彼女と不倫関係にあったジョナサンは、彼女の部屋に行き着替えを取ってくるが、付き人のネリーと出会ってしまい、血染めのスカートを持ったまま警察に追われる羽目になったと言う。

ジョナサンに好意を抱いていたイブは彼を、船に乗っていた父親の別荘に匿う。翌朝早くイヴは、シャーロットの部屋に行くが、警官と野次馬で混雑していた。噂を仕入れるため近くのパブに入ると、スミス刑事が声をかけてくる。ジョナサンが犯人扱いされ、シャーロットは警察からノーマークであることを聞いたイヴは、シャーロットがジョナサンに罪をなすりつけたのではないかと疑う。
その夜、新聞記者だと嘘をついてシャーロットの付き人ネリーを買収し休みを取らせ、代わりに付き人となる。このことは勿論スミスにも秘密である。

 

イヴは、翌日から付き人として働き、シャーロットに気に入られる。昼休みにイヴが自宅に帰ると、スミス刑事が既に来てお茶を飲んでいた。実はシャーロットの部屋でスミスは尋問に現れたのだが、イヴは隠れていて顔を見られていない。
夜になると、シャーロットは喪中ながら健気に舞台を務める。ジョナサンは、シャーロットの楽屋に現れて口論になったが、姿を見かけた警察が楽屋に駆けつけてくる。そこでイブが機転を利かせて、彼の逃亡を手助けする。その夜はイヴの自宅にジョナサンは逃げ込むが、イヴの心はいつの間にかスミスの方に向いていた。

翌朝、シャーロットが歌うガーデンパーティーに出席するため、イヴはスミスとともにタクシーで出向く。車中で二人はキスをして愛を確かめ合う。パーティーにはネリーも現れ、イヴに口止め料をせびるので、父に払ってもらうことにした。スミスのことは学生仲間に任せて、シャーロットの付き人に戻る。イヴの父は白いスカートを見ていて、ある企みを思いつく。
パーティのテント舞台で歌うシャーロットの前にボーイスカウトの子供が現れ、血の付いた白い服を着た人形を持っている。それを見てシャーロットは倒れてしまう。フレディは慌てて、ドリスと呼び付け、舞台からシャーロットを運び出させる。

昼休みに家に戻ったイヴと父は血染めの人形を見たときのシャーロットの様子をジョナサンに話して聞かせる。そこへスミスが訪ねてくる。別室で面会すると、スミスはイヴが付き人のことを内緒にしていたのを詰ったが、イヴの父はいい考えがあると耳打ちをする。そしてスミスは出て行く時イヴに、シャーロットの付き人として最後まで仕事を務めろと言う。

スミスはシャーロットの発言を録音できるように、集音器を衣装のワンピースの後ろに隠した。ジョナサンが処分してしまった血染めのドレスを持っているとイヴは嘘をつき、シャーロットの反応を調べるためだ。ところがシャーロットは、夫を殺したのはジョナサンであり、彼はシャーロットを犯人に仕立てようとしているのだと言い出す。

既にスミスに逮捕されていたジョナサンは、劇場に連行されるが、刑事を振り払って逃亡する。シャーロットの告白は嘘だと信ずるイブは、ジョナサンを逃がそうとする。しかし彼は既に狂っていた。そして精神異常者になれば無罪になるから、無関係のイブも殺そうとする。
イブは機転を利かして、ジョナサンをオーケストラ・ピットに警察と追い詰める。すると降りてきた鉄製幕の下敷きになり、ジョナサンは死んでしまう。

雑感

「ヒッチコックの罠」とはこの映画が、国内での初テレビ放送時のときのタイトルである。探偵役はスミス役マイケル・ワインディングと父役アラステア・シムの二人だった。この二人が揃ってなければ、ジョナサン役リチャード・トッドは捕まえてもシャーロット役 は捕まえられなかっただろう。イブ役ジェーン・ワイマンは探偵助手だ。

イギリスで製作したのは、王立演劇学校に通っていた監督の娘パトリシア・ヒッチコックとの時間を十分に取りたかったから。彼女はチョイ役で出演もしている。

アメリカでの興業成績がイマイチだったため、評判も悪いし、日本では未公開なのだが、実は立派なミステリー映画である。
回想シーンに嘘を描くことに批判が集まっているし、アルフレッド・ヒッチコック監督もその批判を甘んじて受けている。

ネタバレになるが、アガサ・クリスティーの原作映画ならば、犯人が語り手であったって、関係者が全員共犯だって、なんでも有りなのだ。立証されていない事柄を証拠に使わないのは、捜査の鉄則だ。
我々ミステリ映画を愛する人間としては、最初の回想シーンを裏付けるものがない以上、第一容疑者はジョナサンだと思っていた。こんなの当たり前なのだ。

アメリカ人は単純だから、そこまで発想が行きつかなかった。そのレベルのアメリカ人の批評なぞ相手にしてはいけない。イギリス人はもう少し好意的に受け止めてくれるだろう。
ロットン・トマトのトマトメーターは90点なのだ。つまり素人にだけウケが悪い映画なのだ。少し時代に早すぎた映画とも言える。

この映画を語るとき、ジェーン・ワイマンマレーネ・ディートリッヒの確執も述べなければならない。ギャラがもっとの高いのは、一昨年にアカデミー主演女優賞を受賞したジェーン・ワイマンだった。従ってオープニング・クレジットの順もジェーン・ワイマンがトップである。しかも上映時にディートリッヒは49歳だ。もう全盛期は遥か彼方にすぎたと思われた。

ところが画面の中では、ディートリッヒはクリスチャン・ディオールを着こなして、さらに100万ドルの脚を惜しげもなく晒して、エディット・ピアフから特別に許可をもらい「バラ色の人生」を歌い、コール・ポーターにオリジナル新曲「The Laziest Gai in Town」を書いてもらい歌っている。特に華のないジェーン・ワイマンを完全に小娘扱いしている。衣装代は別計算だから、ディートリッヒの方が現物支給も加えるとギャラは上だったとも言える。

ディートリッヒは被写体としても魅力的であり、撮影監督は熱を持って撮影しただろう。でもそうすればするほど、ワイマンは映像の中で貧乏くさく小さく見えるのだ。
ヒッチコックがこの映画でワイマンを起用したのは、失敗だったのではないか。時代は違うけれども、もう少し花のあるタイプの若手女優を選ぶべきだった。例えば当時新人だったグレース・ケリーの抜擢とか。

マレーネ・ディートリッヒはミステリ映画に味を占めて、7年後ビリー・ワイルダー監督の「情婦」(原作アガサ・クリスティ「検察側の証人」)に出演して、大ヒットする。これも大どんでん返しのミステリ映画である。

 

スタッフ

製作・監督 アルフレッド・ヒッチコック

原作 セルウィン・ジェプソン 「Man Running」(短編)
脚本 ホイットフィルド•クック、アルマ・レヴィル
撮影 ウィルキー・クーパー
音楽 レイトン・ルーカス
ディートリヒの衣装協力 クリスチャン・ディオール

キャスト

イヴ     ジェーン・ワイマン
大女優シャーロット・インウッド  マレーネ・ディートリヒ
ウィルフリッド・スミス刑事   マイケル・ワイルディング
ジョナサン・クーパー  リチャード・トッド
イヴの父  アラステア・シム
イヴの母  シビル・ソーンダイク
付き人ネイリー  ケイ・ウォルシュ
マネージャーのフレディ ヘクター・マクレガー
チャビー・バニスター  パトリシア・ヒッチコック(監督の娘)

 

 

 

 

舞台恐怖症/ヒッチコックの罠 Stage Fright 1950 米英ワーナーブラザーズ製作・配給 日本未公開

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