(△)現代日本で自衛隊有志が軍事クーデターを起こすという、小林久三の原作小説の映画化で、脚本は山田信夫、渋谷正行、山本薩夫が執筆して、監督は山本薩夫が担当する。撮影は坂本典隆

主演は渡瀬恒彦、吉永小百合、山本圭
共演は滝沢修、佐分利信、高橋悦史、三国連太郎。カラー映画。

ストーリー

8月14日夜間、盛岡市で警邏中のパトカーが不審なトラックに機関銃を撃ち込まれ警官が全員死亡した。翌日、終戦記念日に鹿児島にいた陸自警務部長・江見は、この事件が自衛隊関係者による可能性が高いとの連絡を受ける。自衛隊の要注意人物リストには、一人娘杏子の夫である元自衛官藤崎の名が上がっていた。上京する途中で、博多にいる杏子の許に立ち寄るが、杏子は何も知らない。
江見が東京に帰った後、夫藤崎から東京に行くという連絡を受ける。気になった杏子は、東京行きの寝台特急さくらに乗り込む。業界紙の記者・石森も取材を終え博多駅に着くと、特急さくらに乗り込もうとする杏子に気付く。実は、5年前まで二人は婚約者だったのだ。
その頃佐林首相は、内閣調査室長利倉からクーデター発生の報告を受ける。黒幕は同じ与党の大畑だ。佐林首相は、大畑元首相と憲法9条改正を巡って対立が激しくなっていた。
門司駅で石森は列車の下に作業する怪しい乗客を発見する。その直後、石森と杏子は藤崎が自衛官の制服を着て待つ一号車に連行された。
大畑の自衛隊関係者として真野陸将の名が上がってきた。彼は藤崎らの教官だった。江見は真野を逮捕するが、真野は舌を噛み切って死んだ。江見は、真野の車からクーデター計画書「皇帝のいない八月」を発見した。佐林首相は、自衛隊にクーデターの鎮圧を命じた・・・。

雑感

昭和45年の三島由紀夫のクーデター未遂事件で自衛隊は全く白けた表情で動かなかった時から、自衛隊は災害救出に際しては動くが、本当の有事には動かないと分かっていた。
政治家は、なんとか自衛隊をその気にさせようとする。アメリカからの要請には政治家は何でも言うことを聞くくせに、中国やロシアの圧力に対しては腰抜けである。そんな政治家に命をかけられるだろうか。

小林久三の原作は、多少ファンタジーがかった書き方をしている。自衛隊クーデター派を動かす思想的支柱としての真野教官がいて、なおかつ元総理と繋がっていた。真野の理想と大畑の実行力があれば、自衛隊全体を動かせると考えたのだろう。
一方、内閣調査室のスパイは、自衛隊将校の身体検査を十分にしていて、それぞれのリスクを「見える化」し簡単にクーデターの起きる可能性を掴んでしまう。そして早期鎮圧に乗り出す。内閣調査室には、陸自の警務部長もかなわない関係にある。

昭和53年は与野党拮抗していたから、改憲問題をテーマにしてしまうと、与党自民党は負ける時代だった。しかし、その後鈴木善幸内閣を経て中曽根内閣になり、バブル時代に突入し、自民党は安定多数を確保し、中曽根首相も改憲は問題にしていたが、結局改憲を俎上に上げることはできなかった。
今の時代にクーデターとか言っても絵空ごとにしかならないから、漫画で描くしかない。

山本薩夫監督は共産党だが、こんな現実味のない映画を取る段階で意見を出なかったのだろうか。左翼系の人が集まって作った映画は、今までリアルに事実を描いてヒットしていた。しかし、この映画はファンタジーだ。
何しろ、当時「日本のカサンドラ・クロス」と言われたようだが、鉄道サスペンスならば東映映画「新幹線大爆破」の方が圧倒的に出来がいい。

吉永小百合は、最も美しい頃の映像が見られる。それだけでも十分である。(45)

スタッフ

製作  杉崎重美、宮古とく子、中川完治
原作  小林久三
脚本  山田信夫、渋谷正行
脚本、監督  山本薩夫
撮影  坂本典隆
音楽  佐藤勝

 

キャスト

藤崎顕正(元陸自特定隊員)  渡瀬恒彦
石森宏明(雑誌記者)  山本圭
藤崎杏子(妻)  吉永小百合
佐林首相  滝沢修
大畑剛造(元総理、右翼)  佐分利信
小山内建設大臣(大畑派)  小沢栄太郎
山村防衛大臣  永井智雄
黒須官房長官  渥美國泰
利倉保人(内閣調査室室長)  高橋悦史
江見為一郎(陸自警務部長)  三國連太郎
三神陸将(統幕議長)  丹波哲郎
真野陸将(自衛隊の皇帝派)  鈴木瑞穂
徳永陸将補  岡田英次
東上正(革命別働隊)  山崎努
矢島一曹(藤崎の部下)  永島敏行
島三曹(藤崎の部下)  橋本功
正垣慎吾(新聞記者)  神山繁
有賀弘一(新聞記者)  森田健作
金田(乗客)  岡田嘉子
久保(乗客)  渥美清
石森千秋(石森の妻)  香野百合子
野口(靴屋社長)  大滝秀治
紀子(ホステス)  中島ゆたか
米軍トーマス准将  デニス・ファーレル
中上彩子(大畑の愛人)  太地喜和子

***

クーデターの失敗を無線で確認した藤崎は、特急さくらを制圧する作戦に切替えた。各車輛に爆弾が仕掛けられた。乗客を人質にして、藤崎は無線で「大畑を出せ!」と政府に迫った。
しかし、大畑の姿はいつに間にか拉致されていた。実は、佐林の送り込んだ刺客により大畑は、暗殺されていたのだ。
佐林は、特急さくらがトレイン・ジャックされ、クーデターの一斉鎮圧が失敗した以上、乗客には犠牲になってもらうしかない、と考えた。そこで、東海道線が街から離れるところに陸自テロ対策班を伏兵に置いて一気に襲撃する計画を実行する。
そうとも知らず、藤崎は30分に人質を一人ずつ殺していた。部下の島三曹は、この事態を苦々しく思っていた。そこで藤崎を杏子に説得させ、石森と手を組みクーデターを内部から潰そうとした。
その時、列車が急停車してテロ対策班が車内に乱入してきた。激しい銃撃戦が発生し、石森ら乗客も犠牲になった。藤崎と杏子は、共に撃たれて杏子は死ぬが、藤崎は爆弾の起爆装置のスイッチを押した。列車は、大爆発して炎上した。
政府は、報道規制をかけていたが、翌日の夕刊に合わせて大惨事となった列車転覆事故を報告した。クーデターなどなかったことにされた。江見警務部長派、ただ一人政府の方針に反抗的な態度を見せたため、ロボトミー手術を受けさせられ記憶を失ってしまった。

皇帝のいない八月 (1978) 松竹製作・配給 渡瀬恒彦主演・自衛隊有志によるクーデター劇

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