松川事件の赤間勝美被告の自白供述書、第一審、第二審の公判記録を元に、新藤兼人・山形雄策が共同脚本を執筆し、共産党員である山本薩夫が監督したセミ・ドキュメンタリー映画。
製作資金4500万円は市民のカンパによって調達された。
出演は(弁護団)宇野重吉、宇津井健、(警察検察)西村晃、多々良純、永井智雄、殿山泰司、(被告)小沢弘治、高松政雄、寺島幹夫ら。
あらすじ
赤間青年は福島警察署に暴行事件(別件)で引っ張られた。東北本線金谷川駅と松川駅間で上り旅客列車の脱線転覆事件があってから一カ月近くたった昭和24年(1949年)9月10日のことである。厳しい赤間の取調べが始まった。赤間に拷問が加えられる。警察官、検察官によってあらかじめ用意された供述書を読み上げ、拇印を押した。世に言う“赤間自供”となり、これに基づいて数合わせのように共犯として国鉄労組の共産党分子から十名、東芝労組の共産党分子から十名が逮捕されていった。
その年の12月5日、福島地方裁判所で第一回公判が開かれた。赤間は冒頭から自供をひるがえし、無実を主張した。公判は、この事件をめぐる警察、検査側の見込み捜査を明らかにしていった。第一審判決は、未だ進駐軍占領下の昭和25年12月6日に死刑五名、無期懲役五名、残る十名も実刑が下りた。
日本独立後の昭和28年12月22日、仙台高等裁判所における第二審判決の日がきた。三名の無罪認定をのぞいて全員有罪。被告は怒鳴って全員退廷を課せられる。
判決後、佐藤一被告がトラックの上に立ち、被告団声明を読みあげた。裁判を見守っていた人々から全員無罪達成を目指して「真実の勝利のために」の歌声が起った。そして被告たちは最高裁に向けて再び収監される。
雑感
国鉄三大ミステリー事件の一つ、松川列車転覆事件は下山国鉄総裁轢死事件、三鷹無人列車暴走事件に続いて、昭和24年8月17日(水)の青森から上野へ向っている夜行列車(機関車はC51)が脱線転覆した事件で、現場に明らかに線路を外すなどの痕跡が残っていたから、刑事事件として立件され、国鉄のリストラに反対する国労分子と東芝松川工場の労組の共同謀議があったものと認定され、各関係者二十名が逮捕され起訴された。
この映画は、公判開始後10年が経って「諏訪メモ」(首謀者のアリバイを明らかにする第三者の日記。検察が押収し隠蔽していたが、毎日新聞の若手記者がスクープした)など無罪を立証する資料が出てきて、1959年ようやく最高裁で高裁への差戻が決定される。
そこで広く世間に検察庁の工作を知ってもらうために「松川事件対策全国協議会」で劇映画制作を決定する。
山本薩夫監督は非常に抑えたタッチで描いている。公開時間は長いが、余り気にならない。ちなみに監督はこの後も「にっぽん泥棒物語」で松川事件を取り上げている。
新東宝に35ミリフィルムの一般への配給を委託したが、160万人の観客が見る大ヒットとなる。一部の東宝の映画館でもヒットした。(これらは違約金を東宝に払って、新東宝のフィルムを上映した)
小さな16ミリフィルムも67本が作られ、これは製作委員会によって労働組合等の研修映画として貸し出された。
安保運動の興奮冷めやらぬうちだったのが、ヒットの要因だ。
その後世論が押したのか1962年末、差戻控訴審で無罪となり、1963年検察は再上告したが再捜査は行わず、無罪が確定した。(冤罪事件)
事件がこうも長引いたのは、組合の派閥争い(共産党、社会党、民社党の代理戦争)で、組合員が弁護側の証人ばかりでなかったせいだろう。労組員にも有罪説を取っていたものはいたようだ。目撃者の中にも共産党を毛嫌いする人間は大勢いた。
三鷹事件とは似て非なる性格がある。三鷹事件は非共産党の元国鉄職員竹内が第一審で罪を認めて無期懲役、第二審では自供を翻したため心証を悪くしてただ一人死刑判決を受け(共産党員は全員無罪)、その後再審請求をするが脳腫瘍で獄死している。竹内は共産党にも「共産党の支配する社会になれば助けるから」と言われて、スケープゴートにされたと生前語っていた。一方、松川事件では赤間被告が第一審から自供を翻し、一貫して無罪を主張した。
検察は初めから犯人を知っていたと考えられ、諏訪メモを倉庫に隠し冤罪事件を仕組んだことは明らかである。
真犯人だが、いくつか告白文は出てきたが、決め手はなかった。米軍に雇われた日本の元特務機関だろう。関東軍上がりは列車転覆なぞ得意技だったから。
被告として出演俳優は当時無名だったものが多い。当時分裂を繰り返していた小劇団からオーディションを行なって選んだそうだ。俳優座と民芸は大物(千田是也、宇野重吉)が出ている。赤間の兄役名古屋章は文学座に所属していた。さらに大物俳優に並んで、配給元の新東宝からスター俳優になっていた宇津井健が出演している。(宇津井健は新東宝所属前は俳優座出身である。早稲田大学乗馬部で馬に乗れたので時代劇で採用されたのだ)
スタッフ
製作 伊藤武郎 、 絲屋寿雄
脚本 新藤兼人 、 山形雄策
監督 山本薩夫
撮影 佐藤昌道
音楽 林光
キャスト
(被告)
赤間勝美 小沢弘治
杉浦三郎 高松政雄
佐藤一 寺島幹夫
鈴木信 後藤陽吉
本田昇 山科年男
二宮豊 弥富光雄
阿部市次 高橋弘
太田省次 富田耕生
佐藤代治 加藤恒喜
加藤謙三 若井一夫
二階堂武夫 大竹淳五
大内昭三 山本秀記
小林源三郎 市原清彦
菊地武 渡辺健一
武田久 藤田啓二
斎藤千 相川延夫
岡田十良松 峰喜与志
浜崎二雄 荘司肇
高橋晴雄 林昭夫
二階堂園子 川村千鶴
(弁護人)
岡林弁護人 宇野重吉
大塚弁護人 宇津井健
梨木弁護人 下元勉
袴田弁護人 宮阪将嘉
上村弁護人 千田是也
袴田特別弁護人 中村俊一
井口証人 矢野宣
(警察、検察)
吉田部長 西村晃
司検事 多々良純
玉田警視 永井智雄
守屋署長 殿山泰司
本間刑事 井上昭文
神斎刑事 大谷友彦
原刑事 稲葉義男
幸田牧師 織田政雄
(親族)
赤間の祖母ミナ 五月藤江
赤間の兄博 名古屋章
阿部の父 永井柳太郎
園子の母タニ 岸輝子
武田の母シモ 北林谷栄
高橋の妻キイ子 高友子
太田の妻抗子 岸旗江
斎藤の母すみ 沢村貞子
(裁判官)
寺尾裁判長 鶴丸睦彦
藤木裁判長 加藤嘉
学生 山本學