車に乗ってアメリカを西から東へ走るストリート・レーサーたちの愛と孤独を描く。
製作はマイケル・S・ラフリン、監督・編集は舞台演出から低予算映画界に招かれた鬼才モンテ・ヘルマン
主演はシンガー・ソング・ライターのジェームズ・テイラーとビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソン、さらに個性派俳優ウォーレン・オーツ。共演はローリー・バード

あらすじ

1955年型シボレーの改造車に乗り込んだドライバーとメカニックは、賭けドラッグ・レースで日銭を稼ぎながらカリフォルニアから東部へと旅を続けている。国道66号線でアリゾナ州を走っていたときに昼食後、車に戻ると見たことのない娘が乗っていた。お互い何も言わないまま、車は再び走りだした。
ニュー・メキシコ州で高級なオレンジ色のシボレー・ポンティアックGTOに乗った男が現れた。同じ匂いを嗅ぎつけた2人はGTOとスピードを競うようになる。メカニックは耐久レースでポルシェに敵わないと言ったが、同じシボレーならば同条件だと二人は強気になり、車の所有権を賭けて首都ワシントンD.C.までの長距離レースを挑むと、意外にもGTOは申し出を受ける。

 

ある夜メカニックと寝た少女は、メンフィスでGTOに乗り換えたり、ドライバとキスしたりして両方の気を引く。
危険な南部を通り、時に二台の車は助け合う。しかし心底では互いに敵を出し抜いてやろうと思っていた。レースを続けながら、彼らはオクラホマを抜け、アーカンソー、そしてテネシーにやってきた。その間も彼らは各地で短距離レースをやり、連勝していた

少女に惹かれているドライバが、彼女を追いかけて行くドライブ・インに入ると、少女はGTOにシカゴに誘われていた。しかし少女はGTOもドライバーを振り切り、西へ帰りたくなったのか、他の男のバイクに同乗して去る。
彼らは再びレースに執着する日々が始まった。
ドラッグ・レースのため、シボレーが飛行場の滑走路を走行していると、映写機の故障によってフィルムが溶け落ちる。レースの勝敗は分からないまま映画は終わりを告げる。

 

雑感

ヨーロッパの不条理劇に明るかった、西部劇監督モンテ・ヘルマンが編集権のある監督に起用された作品。監督が制作を指揮していたものと思われる。なお全編ロケである。
クリス・クリストファーソンやブルース・ダーンが主役を打診されたが、最終的にはジェームズ・テイラーはデビュー・アルバムがヒットした頃に演技未体験で主役に選ばれた。ブライアン・ウィルソンの次弟でビーチ・ボーイズのアイドル的存在だったデニス・ウィルソンにとっても唯一の演技を見せる作品だ。音楽映画にしたくないため、監督はジム・テイラービーチボーイズの音楽を採用しなかった。ただしジム・モリソンの音楽を使ったので著作権で揉めて2007年までDVD化されることはなかった。GTO役には最初ジャック・ニコルソンの名前も上がっていたが、起用されたウォーレン・オーツは相変わらず怪演を見せている。
映画は最初から順を追って撮影された。特に脚本は最初から完全なものを渡さなかった。出演者に不満があったようだが、演技の素人が二人もいるのだから、この撮影方法は正解だったと言える。

出来上がったものはフランス・ヌーヴェルヴァーグとアメリカン・ニューシネマの良いところをしたような究極の作品だった。

男たちは、少女の一時の快楽に溺れたかったが、それよりもスピードだけの刹那の世界に生を見いだしたのだろう。
ウォーレン・オーツ演ずるGTOはヒッチハイカーを乗せる度に身の上話をするのだが、毎回全く自己紹介が変わってしまう。全部嘘なのだ。おそらく家庭が破綻して妻と別れて家を取られ、大好きな車しか遺してもらわなかったのだろう。彼もその車を賭けているのだから命がけだ。でも少女と一晩付き合えるなら、車を奪われても構わないと思うほどのクレイジーである。

原題の意味は「二車線アスファルト道路」。

 

スタッフ

監督・編集 モンテ・ヘルマン
脚本 ルディ・ワーリッツァー、ウィル・コリー
製作 マイケル・ラフリン
音楽 ビリー・ジェームズ
撮影 ジャック・デールソン

キャスト

運転手  ジェームズ・テイラー
GTO          ウォーレン・オーツ
少女   ローリー・バード
メカニック   デニス・ウィルソン
ヒッチハイカー  ハリー・ディーン・スタントン

 

 

 

 

断絶 Two-Lane of Blacktop 1971 マイケル・ローリン・エンタープライズ製作 ユニバーサル配給 CIC国内配給1972年

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