「外套と短剣」とは本部での内勤もあれば、敵地に潜入しての諜報活動もあるというスパイの二面性を象徴的に表している。
一見すると、能天気なスパイ映画である。
しかし至るところに、フリッツ・ラング節が出てくる。
瞬発的な暴力シーンと甘いラブシーンを交互に繋ぐ巧みさである。

マンハッタン計画に参加するジェスパー博士は、OSS(のちのCIA)に請われ、ハンガリー人科学者ローダの救出のため、スイスに向かう。
しかし彼の目前で彼女はナチによって殺されてしまう。
強い責任を感じたジェスパーは、ローダの同僚ポルダ博士を救出するため、イタリアに潜入する。
そこで彼はパルチザンの女闘士ジーナと運命的な出会いを果す。

アメリカの科学者は、映画になると、スーパーマンになってしまう。
運動神経の鈍いファインマン先生も、いざとなったらこうなるのだろうか?

 

ゲッペルスに追われアメリカに亡命したユダヤ系オーストリア人にして、サスペンス映画の巨匠フリッツ・ラングが演出している。
当初のシナリオは、はっきりと原爆批判を打ち出していたそうだ。
しかし衝撃のラストシーンは実際の広島・長崎への原爆投下のおかげでカットさせられた。
そのためこういう中途半端なスパイ劇になってしまったそうだ。
だから、この映画は監督の責任ではない。
今だったら衝撃のディレクターズカットが発売されてもおかしくない。

 

監督
フリッツ・ラング(「メトロポリス」「ドクトル・マブゼ」「暗黒街の弾痕」)
 

出演
ゲイリー・クーパー(「モロッコ」「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」「真昼の決闘」「昼下りの情事」、彼はF.ラング作品に出演したが、A.ヒッチコック作品には出ていない)
リリ・パーマー(「モンパルナスの灯」「ブラジルから来た少年」)

 

リリ・パーマーも当時は32歳、大人の魅力タップリのユダヤ系オーストリア人である。
1933年ナチスが政権を掌握した際に、パリに亡命している。
1943年にレックス・ハリソン(「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授役)と結婚して、ブロードウェイで「媚薬」(後にJ.スチュアート、キム・ノバクで映画化された)を演じている。(その後離婚)
1953年、「雨月物語」が銀獅子賞を取った年のベネチア映画祭で女優賞を獲得。
1958年、「モンパルナスの灯」でモジリアーニ役ジェラール・フィリップの愛人ベアトリスを好演。
1978年、「ブラジルから来た少年」に出演した。
イギリス、フランス、西ドイツ、イタリア、さらにはアメリカの映画、舞台、テレビショーで活躍し、おまけに最後の夫はアルゼンチン人という超国際派女優だった。

外套と短剣 1946 ワーナー

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