政治哲学者ハンナ・アーレントがアイヒマン裁判に関するレポートを発表した後、起きた騒動を描いたドイツ映画。
主演バルバラ・スコヴァがドイツ映画賞、ミュンヘン映画祭の主演女優賞に輝く。
10年ぶりに岩波ホールが満員になった作品でもある。NOと言えず社会の歯車と化した中高年サラリーマンに多く支持された。
あらすじ
1960年末アイヒマンがアルゼンチンでイスラエルのモサド(諜報部)に捕らえられ翌年戦争犯罪に関する裁判にかけられることになった。政治哲学者アーレントはイスラエルに行き直接その様子を見て、ニューヨーカー誌にレポートを発表する。彼女はユダヤ人を収容所に送ったアイヒマンが全体主義社会で保身のために思考停止になった凡庸な官吏だったことを指摘しただけでなく、ユダヤ人指導者がアイヒマンと繋がっていて、自分たちが助かる代償に幾多の同胞を死に追いやったことを告発した。
これに対してユダヤ人シオニストから反論が多くぶつけられる。イスラエル政府からも訂正せよと脅迫を受ける。
ついに彼女は反論に立ち上がる。
雑感
アイヒマンは1961年裁判を受けて死刑判決が下り、翌年処刑される。
アーレントはさらに時間をかけて言葉を選び抜いて、1963年に5回に分けて自説を発表する。一回目を発表した時から、イスラエルやユダヤ人同僚の激しい、感情的とも言える批判を受けている。
しかし彼女は名著「全体主義の起源」を応用しただけで、当然の理論的帰結である。例えばチャップリンの映画「モダンタイムズ」と「独裁者」を一つにまとめて、機械文明=思考停止=全体主義と考えれば、現代の病巣の深さが分かるだろう。
この作品は主にドイツ、スイス、日本等で成功したが、その理由はアーレントの半生を描かなかったためだろう。それだけで大河ドラマになるほどの濃い内容だが、2時間映画でまとめ切れない。いつの日かテレビ連続ドラマで見たいものだ。
日本人の我々は東京裁判を知っているから、敗戦国に対する軍事裁判が超法規的措置によって裁かれるものだと知っている。被害を受けた側が理性でなく感情によって突き動かされることもよく分かっている。
改めてこの映画を見て、その呪いは解けることがないと知った。
なお、マールブルク大での在学中のハンナ・アーレントと師ハイデッガーの不倫は有名である。ただハイデッガー自身は他にも愛人を持っていた。アーレントはその後フライブルク大学のフッサール、ハイデルベルク大のヤスパースに師事する。その時代のドイツ、オーストリアの三大哲学者に師事するのは大変なことである。天才少女だったのだ。
スタッフ・キャスト
監督マルガレーテ・フォン・トロッタ
脚本マルガレーテ・フォン・トロッタ、パメラ・カッツ
製作ベッティナ・ブロケンパー、ヨハネス・レキシン
ハンナ・アーレント – バルバラ・スコヴァ
夫ハインリヒ・ブリュッヒャー- アクセル・ミルベルク
米国の精神科医メアリー・マッカーシー – ジャネット・マクティア
助手ロッテ・ケーラー – ユリア・イェンチ
同僚ハンス・ヨナス – ウルリッヒ・ノエテン
シオニスト幹部クルト・ブルーメンフェルト – ミヒャエル・デーゲン
ニューヨーカー編集長ウィリアム・ショーン- ニコラス・ウッドソン
ユダヤ人のジャーナリスト、シャルロッテ・ベラート- ヴィクトリア・トラウトマンスドルフ
哲学者マルティン・ハイデッガー – クラウス・ポール