現代の巨匠中の巨匠、アッバス・キアロスタミ監督(イラン)の作品。
8歳の少年が友人の家を探して、小冒険を行い、見知らぬ大人たちとのふれあいを通して、少しだけ成長するというお話。
素人の子供を主役に採用していて、ドキュメンタリータッチで描いている。

アハマッドが学校から帰ってきて、まずしなければいけないのは、宿題だ。
ところが、鞄の中を覗くと、友人のノートが入っているではないか。
これは大変だ、返さなくてはならない。
イランは戒律の国だ。宿題をノートに書かなければ、退学になっちゃう(笑)。
 

早く宿題を済ませ家事を手伝え、と口うるさい母親の目を盗んで、彼は友人ネツァマデの家を探しに出かける。
隣町ポシュテにあるはずだが、隣町は広くて、よく知らない。
一山越えて、ようやくポシュテに着くが、案の定、町の人はネツァマデの家を知らない。
しかし彼の従兄弟なら近所に住んでいるという。
階段の上の青い扉の家だ。町中走り回って探すアハマッド。
ようやく見つけた家は、しかし留守だった。
 

隣のおばちゃんは、ちょうど五分前にコケロの街へ行ったよ。と言う。
コケロは、アハマッドの街だ。
慌ててきびすを返す、アハマッド。
息せき切って、一山越えて、ようやくコケロに戻ったが、従兄弟は見あたらない。
 

しかし今度は家具屋の名前がネツァマデという話を小耳に挟む。
今度はロバに乗って駆けていく家具屋の姿を追って再びポシュテの街へ。
石畳の坂を下って、家具屋の家を見つけるが、そこは同名異人のネツァマデ家だった。
 

彼は再びポシュテの街を走り回るが、次第に日が暮れてくる。
親切な建具職人のおじいさんと出会う。
おじいさんはネツァマデなら五分前までここで遊んでいたよ、と言う。
そしてアハマッドを彼の家まで、道案内してやろう、という。
ほっとして、夜道をついていくアハマッド。
でも、おじいさんが連れてきてくれた家は、さきほどの家具屋の家だった、、、

ノートを返せず、夜遅くに家に戻ったアハマッドは、父や祖父に叱られたが、自分のことより、ネツァマデのことが心配で、眠れやしない。
ようやく解決策(自分が彼のノートに宿題の答えを書いて、翌朝渡してやれば良いこと)に気付いた。
ところが、あまりに走り回って疲れたのか、翌朝寝坊してしまう。

子供の頃に、誰でも一回や二回はやった経験がある話。
感情移入はたやすいと思う。
 

ちょっと教訓的に聞こえる話でもあるが、それ以上に主役の少年の純粋な演技に引き込まれる。
アハマッドは最初は口ごもってばかりで、何を言いたいのか、よくわからないシャイな少年だった。
しかし一晩の間に、次第に台詞の声も大きくなり、自分の意思も伝えられるようになる。
この辺りの演技指導は、なかなかのもの。
というより、素人だから、慣れてくれば、勝手にああいう風になっちゃうのかもしれないが(笑)。

映像的には、山道や坂道をただひたすら走り続ける姿が、脳裏にこびりつくだろう。
同じ道を、何度も何度も走り回るのだ。どこか夢の中で見たことのある風景だ。
家具屋の家へ到る道が二つあることには、アハマッドでなくても、すっかり騙された(笑)
 
なお道と扉が劇中、かなり象徴的に使われている。
 
全体として、お金は殆どかかっていない映画だ。
それでこれだけの物ができちゃうんだから、恐るべしキアロスタミ監督!