監督: ミルチョ・マンチェフスキー  (ベネチア映画祭グランプリ)
製作: ジュディ・クーニヤン
セドミル・コラール
サム・テイラー
キャット・ヴィラーズ
脚本: ミルチョ・マンチェフスキー
撮影: マヌエル・テラン
音楽: アナスタシア

 

 

出演: グレゴワール・コラン
ラビナ・ミテフスカ
カトリン・カートリッジ  (2002年に死去)
ラデ・シェルベッジア(「セイント」、「自由な女神たち」)
ジェイ・ヴィラーズ

 

 
第1話マケドニア

 
少女ザミラが修道院に匿ってくれと逃げ込んでくる。
彼女はアルバニア人でムスリムだった。
キリスト教徒を誤って殺したらしい。
そんな彼女に恋心を抱く若い修道士キリル。
キリスト教徒のマケドニア人も探索に来た。
やがてキリルと二人で修道院を脱出するが、アルバニア人の村に入ると、イスラム教徒に襲われる・・・

 
第2話ロンドン

 
アンは夫の子を妊娠していた。
しかしピューリツア賞を受賞した敏腕カメラマン・アレックスにも求婚されて迷っている。
アレックスはキリルの兄だった。
アレックスがマケドニアに飛んだ夜、アンは夫とレストランで話し合いを持つ。
そのとき客とウェイターがけんかを始める。

 

 
第3話マケドニア

 
アレックスは故郷マケドニアに帰った。
仲間たちは元気そうだった。
彼はハナに会いたくなった。かつて愛し合った仲だった。
彼女はムスリムだ。ムスリムの村へ行くと、キリスト教徒の彼は銃を向けられる。
ある日、アレックスの幼なじみが、ハナの娘に刺し殺される事件が起きる…

 

 
第1話、第2話、第3話は無限サイクルになって繋がっている。
第3話が終わると自動的に1話が動き出している。
面白い映画の作り方だ。
民族抗争は始まると神話が無限に続くように、終わることがないと言いたいのだろう。

 

 
第1話の意味もマケドニアの事情に疎い人間にすぐにはわからないが、3話になってようやく理解出来る仕組みになっている。

 

 
マケドニアって何もないところだ。
イランのような石だけの町だ。
ギリシャ正教会の修道院を立てるのにぴったりの場所だな。

 

 
この映画で大事なところは、マケドニアの話に終わらず、ロンドンと繋がっていることだ。
ヨーロッパの繁栄の裏に北アイルランド、ボスニアなど民族宗教紛争は激化していて、ロンドンに住む人でさえ巻き込まれうる。他人事ではない。
ラデ・シェルベッジアは今やハリウッドで大活躍を見せている。
この作品でハリウッドは彼に興味を抱いたようだ。

 

 
第2話では男っぽい三船敏郎キャラだったが、第3話になるとマケドニア人がみんな濃いキャラなので、ラデは一転して知的な平和主義者キャラに変身する。
ロンドンでは好色なキャラだったのが、マケドニアでは女を抱かなくなる。
そういう二つの顔を見せるあたり、見た目よりも器用な人だ。

 

 
エミール・クストリッツァ以外の旧ユーゴ映画はあまり見てこなかった。
内容がどぎつくて重いからだ。
でもそろそろそういうことも勉強しなければならない。

 
我々の周りにも人種のるつぼはある。
中国だ。アジアカップを見ていて、江沢民以後の中国は限界に来ていると思った。
朝鮮族、満州族、蒙古族、さらにウイグル族、彼らが共産主義という共通の宗教を捨てて、独立に立ち上がったとき、中国は崩壊する。
そうしたら、中国の周辺部はユーゴ化するかも知れない。
となると、この映画のロンドンが東京になっても不思議ではない。人ごとじゃない。