サイレント時代には考えられなかった楽聖映画の原型になった作品。F.シューベルトの交響曲第七番「未完成」の完成秘話(ただしほぼフィクションw)を映画化している。
原案はワルター・ライシュ、監督・脚本はヴィリ・フォルスト。演奏はウィーン・フィルハーモニー・オーケストラ、ウィーン少年合唱団。
主演シューベルト役はハンス・ヤーライ、質屋の娘役にルイゼ・ウルリッヒ、伯爵の娘にハンガリー人歌手マルタ・エゲルト。
あらすじ
シューベルトはウィーンの小学校教員だったが算数の時間に興が乗って合唱させる、おかしな教師だ。質屋の娘は彼の理解者で、ゲーテの詩集を彼にプレゼントする。
小学校の校長も彼を宮廷楽団長サリエリに紹介する。師となったサリエリは貴族のサロンで彼に「未完成」をピアノ演奏させる機会を与える。しかし演奏中、退屈な伯爵令嬢が急に笑い出して彼はショックで演奏を中断して退室する。
借金取りに追われる毎日に戻ったシューベルトの前にハンガリー貴族のエステルハージ伯爵が家庭教師に来て欲しいと言って屋敷に招く。屋敷に出向くと、娘が二人いたが、姉の方は以前演奏中に笑い出した娘カロリーヌだった。意外にも姉が彼を気に入って招いたらしい。彼女は謝罪して、彼の持ってきた楽譜を初見で歌ってしまう。その歌声にシューベルトは惹きつけられる。彼女も純粋な彼のことが気に入り、街の酒場へ行くなと叱る。しかし彼は堅苦しい屋敷では息が詰まるので、つい盛り場に遊びに行ってしまう。するとカロリーヌが町娘の姿で現れ、彼の気を引くように歌い踊る。歌が終わると、彼女は何も言わずに消えてしまう。彼は彼女の跡を追いかけて、思わず抱きしめてしまう。
愛を確かめ合う二人はエステルハージ伯爵に結婚の許しを請いに行くが、シューベルトはウィーンに返される。シューベルトは裕福になったが、彼女と別れさせられたと感じる。
3ヶ月後、手紙が来て屋敷に戻って来いとある。喜び勇んで伺うと、ある貴族とカロリーヌの結婚式当日だった。実は彼女の妹マリアが彼を呼んだのだった。彼はお祝いにカロリーヌの前で再び「未完成」を演奏する。しかし第二楽章が終わるところでカロリーヌは涙で退室してしまう。客が退室した後にカロリーヌは戻ってきてシューベルトに別れを告げる。シューベルトは第3楽章以降を破り捨て、第二楽章までを「わが恋の終わらざる如くこの曲も終わらざるべし」と末尾に書いて楽譜を献呈してその場を去る。
雑感
シューベルト音楽の入門映画としては素晴らしい映画だ。
実際シューベルトは貧しい出身だったが、天才ぶりは鳴り響いていたので実際それほど生活に困ったことはない。いつも友人たちに囲まれて、その援助で優雅に暮らしていた。生前モーツァルトのライバルだったサリエリに師事して可愛がられハイドンやモーツァルトの真似をするなと戒められた。サリエリがシューベルトの中にモーツァルトにない新しい音楽を感じていたからだ。
21歳の時にエステルージ伯爵家の家庭教師をひと夏務めたこともあるが、その時点ではまだ第七番「未完成」を作っておらず交響曲第六番を完成させている。
彼は歌曲や「未完成」のイメージが強いので、ロマンティックや悲劇と結びつけられるが、決してそういう訳でなく、神聖ローマ帝国からオーストリア帝国へ変わる時代に享楽中心の生活にふけっていた。病気治療のために飲まされた薬が水銀を含んだものだったために水銀中毒になり、残念ながら31歳の若さでこの世を去った。
ちなみに以前は第八番と呼ばれていた第七番交響曲「未完成」だが、第3楽章は何を作っても蛇足にしかならないと考えて、作り掛けの第3楽章を捨てたのだと思っている。
この映画の見所の一つは、ハンガリー人歌手で女優のマルタ・エゲルト(S)の見事な歌唱力である。原題を歌詞の一部に使う「セレナーデ」(白鳥の歌第四番)を含めて、シューベルトの歌曲を何曲も歌っているが、実に素晴らしい。彼女は数年後東欧でのナチスドイツの台頭もあって、アメリカに渡りブロードウェイに進出し、レハールのオペレッタ「メリー・ウィドウ」に主演する。映画でも戦中のジュディ・ガーランドと共演している。最後は2013年に103歳で亡くなった。
スタッフ
監督 ヴィリ・フォルスト
製作 カール・エーリッヒ
原案 ワルター・ライシュ
脚本 ヴィリ・フォルスト
撮影 フランツ・プラナー
音楽 フランツ・シューベルト
指揮編曲 ウィリー・シュミット・ゲントナー
演奏 ウィーン・フィルハーモニー・オーケストラ 、 ウィーン少年合唱団
キャスト
フランツ・シューベルト ハンス・ヤーライ
エスタハージ伯爵 オットー・トレスラー
娘カロリーヌ マルタ・エゲルト
妹マリア グッキ・ヴィッペル
キンスキー公爵夫人 アンナ・カリーナ
宮廷楽団長サリエリ ラウール・アスラン
質屋 ハンス・モーザー
娘エミー ルイゼ・ウルリッヒ
友人ヒュッテンブレナー ハンス・オルデン
大家さん ブランカ・グロッシー
フォリオ中尉 パウル・ワグナー