市川雷蔵主演の痛快時代劇。今回は「暴れん坊将軍」のような将軍吉宗外伝。この吉宗は旗本の三男坊に化けるのでなく、大岡越前に頼み込み、同心として得意の推理を披露したがる。ところが吉宗が偶然出会った事件というのが、摩訶不思議な龍神丸の幽霊船事件だった。
脚本は小国英雄。彼は1941年東宝映画(主演長谷川一夫、山田五十鈴、高峰秀子)の同名映画も脚本を書いた。見たことはないが「遠山の金さん」が主演だ。コミカルで洒脱な時代物の推理劇らしい。
実はオリジナル脚本でなく、原案がクレジットされていないがダシール・ハメットの「影なき男」(Thin Man)である。たしかにこの作品も大ヒットした映画も、コミカルな要素をふんだんに含んだ夫婦探偵のフーダニットだった。
本脚本は戦前脚本から大きく趣向を変え、時代を遡ってさらに主人公も変えている。ほぼオリジナル脚本と言って良い出来だ。コミカルでありながら最後は派手に火薬の大爆発がある。
監督は森一生。共演は宇津井健、高田美和、藤村志保。ワイドカラー映画。
あらすじ
廻船問屋河内屋の住吉丸が紀州からの帰路、船頭が人っ子一人乗っていない、木材問屋美濃屋の龍神丸を発見する。
江戸の中期、幕府と朝廷の関係が悪かった頃、謎々が大好きな八代将軍吉宗は大岡越前守にたのみ、刑事事件の解決にあたらせてくれるよう懇願した。折しも勅使下向が知らされていた。
偽同心鯖江新之助となった吉宗は、大橋兼四郎という浪人に出会い、看板娘お浪がいる居酒屋の碇屋で意気投合する。ところが兼四郎の長屋に帰ってみると、土間に死体があった。竜神丸が幽霊船だと触れ回っていた巳之吉である。
新之助はこの怪事件にのりだす。兼四郎は娘のお園を介して、回船問屋の河内屋に会わせた。しかし河内屋はまともに相手にせず追い返した。お園は、三年前から父は何かを恐れるようになったと言う。
碇屋で第二の殺人が起きた。被害者は第一の殺人当日出会った浪人だ。そして第三の殺人は住吉丸の船頭嘉兵衛だった。彼も幽霊船の目撃者で口封じと思われた。第四の殺人はお浪の兄で龍神丸の舵取り清吉だ。
新之助は清吉の持っていた紙片から、美濃屋の井戸を怪しむ。一方、竜神丸に何かがあると考えて、のりこんだ兼四郎とお園、お浪は、美濃屋の地下牢に閉じ込められる。その牢には幕府転覆を企てる大名に売る弾薬が保管されていた。新之助は一足早く美濃屋の井戸から潜入し、少し爆破させた隙にお園やお浪を助け出し兼四郎とともに、美濃屋一味と斬り合う。そこに吉宗が大岡越前に命じて呼びつけた町方が押し寄せ、新之助だけは助け出されるが、その時火薬が誘爆して大火災となった。
煤だらけになった吉宗は兼四郎の行方がわからぬまま、勅使の登城をむかえる謁見の間で、衣服を正した、勅使五条大納言兼広卿を吉宗は迎えるが、上座にはまごう事なき兼四郎の姿があった。
雑感
龍神丸は火薬や銃火器を運んでいたから、住吉丸に気付いて乗組員は慌てて海に飛び込んだ。だから龍神丸は幽霊船だと思われてしまった。その後、龍神丸が危ない橋を渡っていることを知っている人間の内、美濃屋は口の軽い人間を次々に始末した。これが真実。
元ネタがダシール・ハメットだとは分からないように完全に換骨堕胎してしまうのは、小国英雄はさすが超一流脚本家だ。
脚本家がしっかりしていると、作品も実に面白い。
フーダニット成分は薄いが、日常の事件を次第に幕府転覆に関わるほどに壮大なものにしていく展開が楽しい。
市川雷蔵もコミカルな演技の方が好きだ。一方、僚友勝新太郎の弟子松平健の「暴れん坊将軍」は、師匠と違って生真面目すぎる。
宇津井健の乗馬は元早稲田大学乗馬部出身だから上手なのは有名だが、あまり見ることがない若い頃の殺陣は、新東宝時代に鍛えられたのか、市川雷蔵より力強かった。
また藤村志保の演技力が当時の二世アイドル高田美和を圧倒していた。大映のほぼ同期だが、年齢が8つぐらい違うから仕方がないが。
他に小姓役で日高晤郎(俳優、歌手、関西や北海道のラジオパーソナリティ)が出演していた。
映像はリストアされていて見慣れた60年代フィルム映画だった。ただ新し過ぎて、50年代の東映の原色系カラー時代劇が捨てがたい。
スタッフ
企画 財前定生
脚本 小国英雄
監督 森一生
撮影 本多省三
音楽 大森盛太郎
キャスト
八代将軍吉宗 市川雷蔵
兼四郎 宇津井健
お園 高田美和
お浪 藤村志保
大岡越前守忠相 三島雅夫
石子伴作 成田純一郎
美濃屋庄右衛門 沢村宗之助
河内屋善左衛門 嵐三右衛門
竹内金次郎 水原浩一
巳之吉 南条新太郎
嘉兵衛 寺島雄作
仙太 越川一
次郎助 千石泰三
佐吉 岩田正
竜神丸松左衛門 福井隆次
清吉 木村玄
小姓石川内匠頭 日高晤郎