神田広美は昭和52年歌手デビュー組。シングル5枚の内ベスト100ヒットを2枚出した高打率歌手だった。
デビュー時点で20歳だったからアーティスト路線でいいと思ったのに、翌年5枚目のシングル「ドンファン」(吉田拓郎作曲)でアイドル路線に戻った。本人は嫌だったらしく、即引退。吉田拓郎は曲を提供した木之内みどり(「東京メルヘン」)と神田広美が続けてこの年に引退してしまったw。さらに前年に浅田美代子も引退したが、それは拓郎と結婚したから仕方がない。
ところが神田広美は筆名野原理香として作曲家穂口雄右と組んで作詞家活動を開始。昭和53年12月に発売された山口百恵のアルバム「曼珠沙華」に入っている「シュルードフェロー」は彼女の作品。それからも荻野目洋子のデビュー曲「未来航海」の作詞などで活躍。名前は野原理香、神田ヒロミからいつの間にか神田広美に戻している。(歌手時代に所属していたNPプロがなくなったからかな)
現在は穂口雄右夫人であり、ジャズシンガーとしても日米を股に掛けて活躍中。
映像は夜のヒットスタジオ。デビュー曲とは思えない堂々とした登場。音域が高すぎる気もするが、時代を先取りしたシティポップスで良い曲だ。
神田広美 「人見知り」 1977

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