モロッコ慕情」という、演歌のような邦題は内容と全く関係ない。恐らくゲイリー・クーパーの「モロッコ」を因んでテレビ洋画劇場の邦題担当者が付けたのだろう。舞台はシリアであり、まともな翻訳者なら「シリアの風」とか付けるはずである。(ちなみに劇場公開はテレビ放映より後の1980年)

原題の「シロッコ」とはイタリア語で「シリアから吹く熱風」の意味。フランス領時代のシリア抵抗運動の最中、女を捨てて休戦協定実現に向けて熱く動き出す男たちを描くスパイ映画

監督はカーティス・バーンハート、主演はハンフリー・ボガート。共演はリー・J・コッブとスウェーデン人女優マルタ・トーレン

白黒映画。

あらすじ

1925年フランス領シリアでは駐留フランス軍に抵抗するシリア人ゲリラが活発に活動していた。そして貿易商は武器を密輸して儲けている。諜報部フェロー大佐は軍部内でシリアに同情的だったが、諜報部長たる限りはシリア人ゲリラに味方する者は許さない。
フェロー大佐が愛人ヴィオレットを連れて地元クラブの「ムーランルージュ」で会食していたときに、ゲリラが手榴弾で爆弾テロを起こす。フェローは捜査で駆り出されてしまい、怪我したヴィオレットを助けたのはハリー・スミスという貿易商だった。
実はハリーが密輸入した武器がこの事件で使われていた。アメリカ人ハリーは第一次世界大戦の殺戮を見て馬鹿馬鹿しくなって、軍を除隊し悪の道に入った。しかし彼はヴィオレットを一目見て気に入ってしまった。ヴィオレットも恋の相手は軍人より貿易商の方が、どこへでも自由に行けて幸せそうに思えた。

フェローは裏切り者バルキアンを使って情報を集め、武器商人がハリーだと知る。悪事がバレたハリーはヴィオレットを連れてカイロに向けて逃亡を図るが、途中で軍に見つかり二人は逮捕されヴィオレットだけ家に帰される。
フェローはハリーに、「上司に通さずゲリラ首領ハッサンと二十四時間の休戦協定について話し合いたいので会わせてくれ、仲介してくれれば通行許可証を出す」と言う。ハリーは処刑されると思っていただけに、思わぬ好条件にホッとする。

ハリーはフェローを送り届けて、改装が成ったムーランルージュで一杯飲んでいた。そこへヴィオレットが通り掛かる。彼女もフェローからたっぷりの手切金と通行許可証を貰っていた。ハリーは彼女とカイロへ行こうと誘ったが、その前に通行許可証を諜報部にもらいに行かなければならなかった。諜報部では本部扱いということで盥回しにされ、本部に行くと将軍直々に手渡すと言う。
将軍はちょうどフェローの行方を探していた。そこで許可証を取りに来たハリーに居場所を教えてほしいと頼む。ハリーは何度も「あっしにゃあ関わりのねえことでござんす」と断ったが、将軍も金で済むものなら安いと言い1万ポンドをポンと出した。ハリーもフェローに助けられた義理があるため、道案内することにした。

ハリーは副官レオン少佐と連絡場所に行くと、使いのものが出てきたので、手数料を抜かずに1万ポンドを一発提示する。そして交換にフェローの引き渡しを受ける。ところがハリーだけ呼び止められた。そして副官まで連絡場所に連れてきたことで、アジトがフランス軍に知られたため、ケジメの意味で爆殺される。
先に出てきたフェローとレオンが夜道を歩いていると、いつも夜に聞こえるゲリラ戦の銃声が聞こえなくなる。ハッサンが二十四時間の休戦協定を守ってくれたのだ。

雑感

シリアは結局1946年までフランスから独立を達成できなかった。それにしてもイスラム教徒の爆弾テロは1925年からよく使うゲリラ戦法だったのだな。
ざっくり言って、この映画は「カサブランカ」の亜流である。誰かがこれを見て「カサブランカ」そっくりでガッカリしたと書いていた。でも不器用なハンフリー・ボガートの当たり狂言なのだから仕方がない。「脱出」にしろこの作品にしろ舞台設定や、結末をオリジナルから少し捻ることで、相手役をうまく引き立てている。何故ハリー(ハンフリー・ボガート)が第一次世界大戦で虚無主義者になったかの言及があれば、もっと良くなっていた。

ハンフリー・ボガードの衣装は相変わらず蝶ネクタイにトレンチ・コート。しかし52歳になり体調が悪化したのか切れ味が感じられない。作品の最後に改心して人のために働いた途端に頓死するのは、かつての悪役ボギーに相応しい役かもしれないし、ここにフィルム・ノワールらしさを感じたフランス人は好きになっただろう。

一方、ファム・ファタールであるマルタ・トーレンはまだ25歳のスウェーデン人で、瞳の綺麗な凄い美人である。彼女は日本で見ることはあまり無いし、美人薄命と言われるように彼女も30歳で亡くなったので、この映画は重要だと思う。
中近東に流れて愛人稼業で稼ぐ、蓮っ葉な女役で結果的に一儲けして解放される。言わばいちばんの悪役だ。そもそもトーレンほどの美人だったらどこでも誰とでも幸せになれるからこそ、かえって浮気されてしまう。だから美人過ぎて放り出される役が彼女にピッタリだ。ちょっとぐらい不細工な女だったら男は離さないだろう。

戦時中から大きな役をやるようになったリー・J・コッブは、衣装合わせしてからまだ成長したかのように、大型プロレスラーのようなマッチョ体型で軍服がはち切れそうだった。ボガート相手に実質的に主役と言ってもおかしくない役で、時代の変化を思わせた。

それから名脇役のニック・デニスが主人公の助手役で出演している。「エデンの東」などの名作映画でよく見た顔だが、彼はギリシャ人なのでこの作品で中東風ダンスを披露する。

スタッフ

監督 カーティス・バーンハート
製作 ロバート・ロード
原作 ジョゼフ・ケッセル
脚色 A・I・ベゼリデス 、 ハンス・ヤコービー
撮影 バーネット・ガフィ

キャスト

武器商人ハリー・スミス  ハンフリー・ボガート
フェローの愛人ヴィオレット  マルタ・トーレン
諜報部フェロー大佐  リー・J・コッブ
フェローの上司ラサール将軍  エヴェレット・スローン
フェローの副官レオン少佐  ジェラルド・モア
指導者ハサン オンスロウ・スティーブンス
ハリーの助手ナシル ニック・デニス
ムーランルージュのオーナー ルードヴィヒ・ドーナット
貿易商バルキアン ゼロ・モステル

モロッコ慕情 Sirocco 1951 ソナタ・ピクチャーズ製作 コロンビア配給 インターナショナル・プロモーション国内配給

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