松本清張原作小説の東宝映画化第一弾。当時人気だった清張作品の映画化に関して東宝は松竹に大きく水を開けられていた。そこで清張さんの短編集「黒い画集」から、ちょっとした嘘が元で出世街道から真っ逆さまに堕ちるサラリーマンを描いた小説「証言」を選び、堀川弘通監督に映画化させた。脚本は「張込み」「砂の器」などの脚本を書く橋本忍である。この作品は好評でキネ旬ベストテンで第二位に選ばれる。翌年「黒い画集」シリーズの第二作「ある遭難」、第三作「寒流」が作られる。

主演は小林桂樹、共演は原知佐子、織田政雄、西村晃。白黒映画。

あらすじ

ある中堅繊維会社の管財課長・石野は、妻子のいる幸せな家庭を持ちながら、同じ職場の梅谷との情事を楽しんでいる。7月16日夜、新大久保の梅谷のアパートからの帰途、自宅近所に住む保険外交員杉山と挨拶を交わしてしまう。妻子には帰りが遅くなった言い訳を渋谷で映画を見たことにしてあった。
数日後、石野は刑事から16日午後九時三十分頃、杉山に会ったかと質問された。会ったと言えば、家と違う方向なので梅谷との関係を白状する羽目になる。石野は覚えがないとシラを切った。
杉山が殺人事件容疑者として逮捕された。石野は慌てて梅谷を品川へ移転させた。裁判に弁護側の証人として召喚されるが、石野は覚えがないと証言した。
部長の甥小松が、梅谷と結婚したいと言い出す。梅谷も清算する良い機会だという。石野がアパートに行くと、梅谷は学生松崎と浮気していた。
その松崎が会社に押しかけてきた。松崎が石野と彼女の関係を知っていた。松崎は賭け麻雀の借金が嵩んでいたので、石野を脅迫した。石野は三万円で手を打つことにした。へそくりの株券を売って金を作った支払い当日、待ち合わせまで時間があったので映画を見てから、少し遅れてアパートへ行った。
そこには松崎の惨殺死体があった。呆然とした石野は殺人犯として逮捕された。そこで16日の夜、杉山に会ったことを石野は白状した。一方、真犯人が逮捕された。石野が時間通りに来なかったため、松崎と争いになったのだ。やがて杉山も石野も釈放された。しかし今の石野に何が残っているのだろうか。

雑感

悪いことはできないものだ。
この石野課長の頭はあまり良くない。少なくとも社長シリーズで小林桂樹が演じる秘書課長と比べてもだいぶん落ちる。多分、親戚か奥さんのコネで部長に引き上げられたのだろう。それを実力と勘違いしたのか、部下梅谷を愛人にしてしまったのが破滅の始まりになった。

それでも警察に杉山を見たかと尋ねられ、何度も被害を最小限に抑える言い方はあったのに、最も損害を最大化する愚作に出た。最初に警察に呼ばれ尋ねられた時に、刑事にこの証言の重要性を問い、その上で「ご内密にお願いしたい」と言って正直に事情を告白するのが最も良い方法だったろう。それでも話は漏れるだろうし、閑職に追いやられ奥さんとも愛人とも別れるだろうが、殺人事件の証人であり続けるよりはずっとマシだ。

この作品は殺人事件を扱いながら倫理的な内容であり、社長シリーズの裏をかいたところに映画ファンから高評価を得て、1960年キネマ旬報邦画ベストテンで大映の「おとうと」に次いで第二位に入った。師匠の黒澤明作品「悪い奴ほどよく眠る」は3位で、堀川は黒澤を上回った形になる。
1958年には堀川弘通監督作品「裸の大将」で第5位に入ったが、この年の黒澤明作品「隠し砦の三悪人」で3位だった。

原作では、梅谷が浮気して杉山の事件について漏らしたのを、人の口に戸は立てられぬもので、噂が弁護士の耳に入り、やがて石野は偽証罪で告発され、身を滅ぼす。映画ほど派手な展開ではない。

スタッフ

製作 三輪礼二
原作 松本清張
脚色 橋本忍
監督 堀川弘通
撮影 中井朝一
音楽 池野成
美術 村木忍
助監督 恩地日出夫

キャスト

石野貞一郎   小林桂樹
妻石野邦子  中北千枝子
愛人梅谷千恵子   原知佐子
容疑者杉山孝三  織田政雄
妻杉山ミサエ   菅井きん
学生松崎  江原達怡
学生森下  児玉清
竹田取締役部長  中村伸郎
奥平刑事  西村晃
岸本検事  平田昭彦
ヤクザ早川  小池朝雄
裁判官  佐々木孝丸
被害車の夫戸山正太郎  中丸忠雄
果物屋の店員  西条康彦

黒い画集 あるサラリーマンの証言 1960 東宝東京製作 東宝配給

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