愛し合う男女が暗い過去により別れなければならないのは、戦前からフランス映画によくある主題である。この原作は、最愛の人を殺害した男女が、港町リスボンで出会い、やがて愛し合うようになるが、過去の呪いゆえに別れる悲劇を現代作家ジョセフ・ケッセルが描き、当時新鋭監督だった、フィルム・ノワールの巨匠アンリ・ヴェルヌイユが見事に映画化した。
原題は「タホ川の愛情」。タホ川はマドリッドから流れリスボンで大西洋に注ぐ大河である。この映画はバルセロナ、マドリッド、アンダルシアと比較して無名に近かったリスボンの観光案内になっている。
主演はジェラール・フィリップと同世代の二枚目ダニエル・ジェラン、そしてフランソワーズ・アルヌールである。この作品は「フレンチ・カンカン」の頃制作され、「ヘッドライト」の方が二年後制作なんだけど、人気になったので、慌てて東和が輸入したんだろう。
共演は「逢びき」「第三の男」に出演したイギリスの名優トレヴァー・ハワード。さらにファドの女王アマリア・ロドリゲスが名曲「暗い艀(はしけ)」を歌うシーンは音楽ファン必見。

あらすじ

終戦後、帰国した英雄ピエールが部屋に入ると妻が間男と寝ていた。思わず持っていた銃で妻を射殺してしまう。裁判は弁護士の弁が立ち過ぎて、情状を認められ無罪。しかしピエールは生ける屍となり、各地を転々とする。ブラジルへ渡るためリスボンに来たが、なかなか船が出ないので、タクシーの運転手をして暮らしを立てていた。
そんな時、美しいディンヴァー夫人と出会う。彼女はフランスの第三階級出身だが英国貴族の未亡人で大金を相続していた。周囲の見る目が煩わしくなり、リスボンに休暇に来たのだ。下宿先の息子の仲介でピエールはディンヴァー夫人にリスボンを案内することになる。そのうちに親しくなり、彼の過去についても全てを語ったが、彼女は受入れ、ついに最後に一線を越える。
同時にルイスというロンドンの刑事が彼らにつきまとうようになる。ディンヴァー夫人に聞くと、亡夫の交通事故に対して親族から訴えが出ているのだが、彼女にはアリバイがあると言う。
しかし気になったピエールはルイス刑事に面会し、恐るべき事実を教えられる。ピエールはディンヴァー夫人の自分に対する本心を疑い、彼女を問い詰める。彼女は自分の犯行を認めた上で、「ルイスには証拠がない、私はもうあなたなしで生きられない」と言う。
ブラジル行きの船が出る朝が来た。彼は彼女に、一緒にブラジルへ逃げようと提案する。しかしともに船に乗り込むと、彼は自分が疑念を抱いていることに気付く。彼女も二人の関係に隙間風が吹いているのを感じる。折しもルイスはピエールの出発を見送りに来ていた。彼女はひとりで船を下りて自首する。

雑感

初めて見たのは、たしか20数年前か、水野晴郎の麹町洋画座(深夜映画劇場)だったと思う。二つの意味でショックだった。一つは「こんな凄い映画を今は誰も知らないなんてことがあって良いか」。時代劇で言えば、ダニエル・ジェランは世をすねた渡世人の立場。そこに現れた大店の未亡人とまさかの展開で結ばれるが、実は彼女の方がずっと深い闇を抱えていた。しかも落ちは「鶴の恩返し」と来ている。まさに二転三転だ。非常に日本的な話だと思ったが、今になって見ると、万国共通だと思っている。でもアングロサクソンやゲルマンより、ラテン系の方が日本人に近い。
もう一つのショックは、フランス人の彼女も脇毛の処理が甘かったと言うこと。まあ、中学生の時、好きな子の鼻毛が出ていたのに気付いたときほどのショックはなかったけどね。

スタッフ・キャスト

監督 アンリ・ヴェルヌイユ
原作 ジョゼフ・ケッセル
脚本 マルセル・リヴェ
脚色 ジャック・コンパネーズ
台詞 マルク・ジルベール・ソーヴァジョン
撮影 ロジェ・ユベール
音楽 ミシェル・ルグラン

配役
キャサリン・ディンヴァー フランソワーズ・アルヌール
ピエール ダニエル・ジェラン
ルイス刑事 トレヴァー・ハワード
ポルフィリオ マルセル・ダリオ
歌手 アマリア・ロドリゲス
マリア ジネット・ルクレール
警察官 ジョルジュ・シャマラ
マニュエル ジャック・ムウリエール

過去をもつ愛情 Les amants du Tage 1954 フランス映画 フランソワーズ・アルヌール主演作 (東和配給で1956年秋国内公開)

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