メアリー・ジェーン・ウォードの自伝小説の映画化であり、フランク・パートスとミレン・ブランドが共同脚本を書いて、アナトール・リトヴァクが製作・監督した、製作はリトヴァクとロバート・バスラーが担当している。
主演はオリヴィア・デ・ハヴィランド。
共演はマーク・スティーヴンス、英国から招いたレオ・ゲン、「紳士協定」でアカデミー助演女優賞を得たセレステ・ホルム。白黒映画。
あらすじ
ヴァージニアは、作家志望である。シカゴで編集者ロバートと知り合って気が合うが、彼女はデートの最中に突然帰ってしまう。それ以来、音沙汰がなく、ロバートはニューヨークに転職する。
すると、ヴァージニアとロバートは、演奏会で再会した。また付き合いだして、結婚する。しかし春の温かい気候になると、塞ぎがちになり5月12日にヴァージニアの精神は錯乱してしまう。
精神病院に入れられたヴァージニアは、夫が誰だか分からない状況だった。
半年後、ロバートは精神病院に、精神科のキック医師を訪ねて、入院した妻ヴァージニアと面会した。彼女の顔は、夫を見ても無表情で、ほとんどの記憶を失っていた。キックは、ヴァージニアを病室へ戻し、ロバートに、結婚前の話を聞いた。
キックは、それ以外にも原因があるはずだと考え、ロバートに引き続き調査を続けさせ、電気療法を施すことにロバートの同意を得た。
シカゴ時代に彼女は、好きでもない男性と婚約していた。ロバートと別れた後、婚約者の車に乗っていて交通事故を起こした。その事故で、婚約者は死んでしまった。その日付が5月12日だったのである・・・。
雑感
昔は、主人公のように普通の人がある日突然、気が変になることがたまにあった。例えば、戦前や戦後すぐは狐憑きなどが実際にいたのである。
アメリカの戦後精神医学は、その点遥かに進んでいて、精神分析を使った治療も行われた。
ハリウッドでは、戦後まもなく、フロイト精神分析学の知見を扱った幾多の映画が撮られた。これはその中でも傑作の部類に入る。
当時の観客にとっても、精神病院の中を見ることは滅多になかったので、物珍しかったろう。
日本映画では、片岡千恵蔵が主演した東映映画「アマゾン無宿・世紀の大魔王」に、精神病院のシーンがあった。片岡千恵蔵と久保菜穂子が、狂人に扮して病院患者として紛れ込んでいる。片岡が踊り始めると、みんながつられて踊り出すコミカルなシーンだ。
「蛇の穴」とこの映画で、筆者の精神病院に対するイメージは出来上がってしまった。でも、精神病棟の現状をほとんど知らない。
最近は、知的障害者への差別がクローズアップされて、こう言う映画を封印するようになっている。
しかしその一方、精神病院での虐待事件も頻繁に起きている。だから、統合失調症の施設の内情を描く映画を作るべきだと思う。
1946年作品「遥かなる我が子」でアカデミー主演女優賞を受賞していたオリビア・デ・ハビランドは、この映画の演技でヴェネチア国際映画祭女優賞を受賞する。(その翌年、「女相続人」で二度目のアカデミー主演女優賞を受賞する)
アナトール・リトヴァク監督は、ロシア生まれのユダヤ人で革命後、ドイツに渡るが、ナチスが台頭すると、フランス、イギリスを経て渡米して、スパイ映画、戦意高揚映画を撮っていた。戦後「私は殺される」「蛇の穴」をとっていた頃が最高潮だった気がする。
スタッフ
監督、製作 アナトール・リトヴァク
製作 ロバート・バスラー
脚本 フランク・パートス、ミレン・ブランド
原作 メアリー・ジェーン・ウォード
音楽 アルフレッド・ニューマン
撮影 レオ・トーヴァー
キャスト
作家バージニア オリヴィア・デ・ハヴィランド
夫ロバート・カミンガム マーク・スティーヴンス
精神科医キック レオ・ゲン
病院での友人グレイス セレステ・ホルム
テリー医師 グレン・ランガン
意地悪看護婦デイビス ヘレン・クレイグ
ゴードン リーフ・エリクソン
グリア夫人 ビューラ・ボンディ
患者 リー・パトリック
カーティス医師 ハワード・フリーマン
スチュアート夫人 ナタリー・シェーファー
ルース ルース・ドネリー
マーガレット キャサリン・ロック
ギフォード医師 フランク・コンロイ
ハート夫人 ミナ・ゴンベル
***
しかしキックは、それだけが原因ではないような気がした。キックは精神分析から、幼い頃に彼女が父を亡くしたこと、さらに母から愛されなかったことが彼女のトラウマであることに気付く。それが、彼女の発狂(統合失調症)の遠因だった。
ロバートは、キックに退院試験をヴァージニアに受けさせるよう頼んだ。さらに病院側も患者の回転を良くするために彼女を早く追い出したかったので、試験を受けさせた。しかし、圧迫面接形式の試験は、彼女を再び発狂させてしまう。
キックは、再び治療を初めからやりなおさねばならなかった。根気強く治療を施すキックを見ているうちにヴァージニアは、キックを愛するようになった。
看護婦長デイビスもキックを愛していたため、ヴァージニアは嫉妬のあまりデイビスとトラブルを起こす。そのために、重症病棟「蛇の穴」に放り込まれる。
あまりもの乱痴気騒ぎを冷めた目で眺めるうちに、ヴァージニアは突然我に帰る。ロバートを愛していることも、キックの治療で回復していることも、はっきり分かってきた。
二度目の退院試験では、緊張することもなく、合格した。退院する日、ヴァージニアはキックに、感謝を述べたうえで、こう付け加えた、「もう先生を愛していません」。