フランスがドイツに降伏した後のカリブ海に浮かぶフランス領マルチニック島から釣り船船長が、アメリカ人やフランス人を連れてボートで脱出する冒険映画。
原作は後にノーベル文学賞を受賞するアーネスト・ヘミングウェイであり、脚色にウィリアム・フォークナー(彼もノーベル文学賞を受賞)が加わる作品をハワード・ホークスが監督・製作している。同様の原作はこの後も二度映画化されている。白黒映画。
共演は映画初出演になるローレン・バコール(後にボギーと結婚する)やウォルター・ブレナン、ホーギー・カーマイケルら。
あらすじ
1940年夏、カリブ海のフランス領マルチニック島にある町フォール・ド・フランス。
クイーン・コンチ号の船長ハリー・“スティーブ”・モーガンは呑んだくれの助手エディーとともに、釣り客を乗せて沖に出てカジキのトローリングを楽しませていた。しかしナチスが第三共和制フランスに勝利してヴィシー政権が成立して以来、商売がやりにくくなった。
そんなスティーブにレストランの主人フレンチーは船で運んでもらいたい人物がいると打ち明ける。フレンチーは裏でレジスタンス活動を支援している。しかしスティーブは政治に関わりたくないと断る。
ハリーが夕食を取ろうとレストランに行くと、スリムという女がクリケットの伴奏でビリー・ホリデーの「アム・アイ・ブルー?」を歌っていた。スティーブはあることに気付いてスリムを部屋に呼び込む。スリムはジョンソンという客の財布を摺ったのだ。ジョンソンに貸しのあったスティーブは財布の中身を確認して、ジョンソンが貸しを踏み倒してアメリカに帰るつもりであることを知る。そこへフレンチーに連れられたレジスタンスの一団が押し寄せてくる。どうしても運んで欲しい客がいると言うが、厄介事が嫌いなスティーブは再度断る。
ところがヴィシー政権の秘密警察がレストランを襲撃して、レジスタンス達を殺そうとする。代わりに関係ないジョンソンが撃ち殺された。さらにルナール警部はスティーブがくすねたジョンソンの財布を没収したうえ、スリムを殴打した。それでスティーブは考えが変わり、レジスタンスの依頼を聞こうと決める。
その夜、クイーンズ・コンチ号はフランスからやって来たビュルサック夫妻を乗せて島に戻る途中、巡視艇の銃撃を受けて、ビュルサック氏が肩を撃たれる。スティーブの撃った弾丸は巡視艇のライトを直撃したので、彼らは無事港に帰り着き、急いでビュルサック氏の弾丸を無事摘出する。翌朝、秘密警察がレストランにやって来てエディーを飲ませて色々と聞き出そうとするが、エディーは本当に酔ってしまって役に立たなかった。
その夜、クリケットが見事な「香港ブルース」を披露している。しかしエディーが船からいなくなった。警察に捕らえられたらしい。エディーを見つけ次第、この島を脱出しようとスティーブは決心する。
スリムは「ハウ・リトル・ウィー・ノウ」を歌っている。するとビュルサック夫人が部屋に待っていると言う。彼女は今までの礼を述べて、持っている宝石一切を彼に託す。
そこへルナール警視がコヨ中尉や用心棒を連れてやって来る。スリムにビュルサック夫人を隠れさせてから、警視たちを部屋に入れる。警視はビュルサック夫妻を渡せばエディーを釈放することを提案する。スティーブは一瞬の隙を突いて、机に隠してあった銃で用心棒を射殺して、警視と刑事の手錠を奪い、手枷をはめる。そしてエディーを釈放させ、ビュルサック夫妻と自分たち三人の旅券を発行させる。
スティーブは今後、悪魔島と呼ばれるフランスの囚人島を向かって、ビュルサックとともにヴィユマーという革命の闘士を救うつもりだ。
今日のセリフ
You know you don’t have to act with me, Steve. You don’t have to say anything, and you don’t have to do anything. Not a thing. Oh maybe just whistle.
You know how to whistle, don’t you, Steve. You just put your lips together and … blow.
スリムがスティーブに気を許すようになって、「口笛さえ吹けばあなたのもとに飛んでいくわ」とスティーブに囁いている。この台詞は映画史上でも有名で、2007年には「素晴らしい台詞ベスト100」の第77位に選ばれた。
この場面を上手くこなしたことでバコールは認められ、この映画のヒロインに抜擢されスターダムをのし上がった。この台詞をローレン・バコールは気に入っていて、夫ハンフリー・ボガードの葬儀でも彼の棺桶に口笛を吹いた。
雑感
元々はハワード・ホークスがアーネスト・ヘミングウェイと映画の優位性について議論して、ヘミングウェイのつまらない小説でも映画にしたら名作にして見せると啖呵を切ったところから、この企画は始まった。
設定を見ていると、「カサブランカ」と同じような話かと思ったら、イングリッド・バーグマンに相当するドロレス・モランが実は端役でしかなく、新たな要素であるローレン・バコールが若干19歳のスクリーン・デビューなのに、ヒロインに割り当てられている。
初めは「カサブランカ」のような映画を作ろうと思っていたハワード・ホークス監督が、脇役でしかなかったローレン・バコールのスクリーン・テストを見て一目惚れし、脚本家ジュールス・ファースマンの原作通りキューバを舞台にしたファースト・スクリプトを作家ウィリアム・フォークナーに書き直してもらった。そこでローレン・バコールがヒロインに昇格するのだが、現場でホークス監督はハンフリー・ボガードと議論して、さらに台詞も刷新してしまった。
だから「カサブランカ」より格段に面白い戦意高揚映画になっている。「カサブランカ」はイングリッド・バーグマンを見る映画で、ボギーはキザな男にしか見えない。こちらはボギーやウォルター・ブレナンの人間くささとバコールの小粋さが魅力だ。
バコールが理想敵女性像だったハワード・ホークス(当時の妻も彼女と似たタイプだった)もローレン・バコールに大いに興味があったが、ハンフリー・ボガードとバコールは撮影中に関係が出来てしまって、ボギーの三度目の離婚を待って翌年結婚してしまうが、年は二回り違いの夫婦だった。監督は主役を予定通りケイリー・グラントにすれば良かったと思っただろうが、後の祭りだ。
ホーギー・カーマイケルの俳優として(クリケットはスリムに恋をしている)も魅力的だし、作曲家として見たとき、1939年の歌「香港ブルース」はとても30年代のものに聞こえないぐらい、ぶっ飛んで既にロックである。この映画を魅力的なものにしているのは、カーマイケルとバコールの歌声だろう。発声がアルトであるバコールを当時16歳のアンディ・ウィリアムスの吹替と置き換えるか録音を聞いて議論されたが、結局バコールの低い地声を使うことになった。
スタッフ
監督 ハワード・ホークス
製作 ハワード・ホークス
原作 アーネスト・ヘミングウェイ 「持つと持たぬと」
脚色 ジュールス・ファースマン 、 ウィリアム・フォークナー
撮影 シド・ヒコックス
キャスト
船長ハリー・モーガン ハンフリー・ボガート
相棒エディー ウォルター・ブレナン
マリー ローレン・バコール
ドビュルサック夫人 ドロレス・モラン
ピアニストのクリケット ホギー・カーマイケル
フランスから来たポール・ドビュルサック ウォルター・モルナー
レストランの主人ジェラール マルセル・ダリオ
釣り客ジョンソン ウォルター・サンド
秘密警察ルナール警視 ダン・シーモア
コヨ刑事 シェルドン・レオナード