(☆)東京の中野六中教諭・森岡昇が書いた原作「太陽は子供の上にも」を八住利雄が脚色し、吉村廉が監督した教育映画。
労働組合映画協議会(現・共同映画)は、日教組系の映画制作団体であり製作提携(協力)の形を採っている。
主演は原節子。
共演は山口勇、「虹男」の宮崎準(準之助あらため)、関千恵子、瀧花久子。
子役は劇団青い鳥所属の茂崎幸雄、小濱崇らを起用した。白黒映画。
あらすじ
明風小学校の校庭の片隅には池があり、子供たちはそこで遊んだり学んだりしていた。六年二組を担任する雨宮加代子は、最近この池の鯉が頻繁に盗まれているのに気付いた。さらに児童間でメンコを賭けることが流行していた。
ある日、孤児の常治が雨宮のクラスの原島敏彦たちと悪戯をしているのを発見する。
級長の服部良夫は、敏彦の宿題を代わりにやっていることを知った雨宮は、二人を呼んで叱る。ところが、良夫の母はまから、抗議を受ける。はまは、敏彦の父政道が経営する工場で働かせてもらっている女中である。奉公人の子が旦那様の息子の代わりに勉強をみるのは当然と言うのだ。とんだ時代錯誤である。
校庭で常治が池から鯉を盗んでいる現場を見た良夫は、取り押さえようとするが、取り逃す。その様子を見た雨宮は、晴れの日も雨の日も足繁く、常治の小屋に通い仲良くなる。その上で彼女は、常治を引き取り自分のクラスで受け持つことにした。しかし、同居する妹千恵は嫌な顔をした。
ある日、字の練習をしていた常治に千恵が嫌味を言ったばかりに、常治は傷付き家を飛び出してしまう。
原島が学校に寄附した顕微鏡を誰かが盗んだ。雨宮は、もしや常治がしでかしたのかと疑ってしまった。
しかし、あるとき常治が教室にやって来て、その手には白い花が握ぎられていた。常治は、顕微鏡で花を見ようとしたのだ。その様子を見て雨宮は、常治が犯人でないと悟った。では誰が?
学校の池の鯉が次々と浮かんできた。原島の染料工場の汚水が学校の池に流れ込んでいたのだ。義憤を感じた雨宮は原島に直接抗議するが、事業のことに口を出すなと言われて追い返された。
頑固な原島に困った校長は、PTAに協力を求めた。PTAは、原島を怒らせたのは雨宮であるから、彼女も責任を取るべきと言った。それを聞いた雨宮は、辞職を覚悟した・・・。
雑感
原節子は、29才か30才の頃の作品だ。こんな綺麗な独身の先生がいたら、どんな性格の歪んだ子供も素直になるに決まっている。
原節子は、1947年にフリーになり、各社からオファーを受けて、好みの仕事を引き受けていた。彼女のギャラからすれば、このように安いギャラの映画でも出演した。
日教組が作っても、日活が作ってもどこが作っても、こういう教育映画はどれも同じパターンだ。ハンサム(あるいは美人)な先生をPTA会長が辞めさせようとするが、それを生徒たちが阻む映画がやたらと多い。つまり石坂洋次郎原作の「青い山脈」パターンである。この映画が共産主義的であるとしたら、生徒が汗を流して水路を作るところだろう。
この話は小学生対象だけに自発的に子供たちが動くことに多少無理がある。しかし、その無理を引っ込めるだけの魅力が、雨宮先生にあった。子供たちは誰も雨宮にやめて欲しくなかった。そういう意味で、この映画の主役は原節子でなければならなかった。
ラストで、ニコニコして原島氏が現れたのは笑った。しかも、他の川が汚れるだけで、環境問題は何も解決されていない。昭和25年では、この辺りが限界である。
スタッフ
原作 森岡昇 「太陽は子供の上にも」
企画 土井逸雄
脚本 八住利雄
監督 吉村廉
撮影 峰重義
キャスト
雨宮加代子(小学校教師):原節子
妹千絵:関千恵子
服部良夫(級長):茂崎幸雄
母はま:瀧花久子
原島敏彦:小濱崇
父政道(工場主):山口勇
木塚常治(孤児):大平正
橋本先生(同僚):宮崎準
校長先生:吉川公一郎
***
しかし帰り道で、工場の汚水が学校に流れ込まないように水路を新たに作っている良夫たち生徒の姿を見て、この子達のためにも止めてはならないと決意する。
敏彦が、突然学校の池に潜って浮かんでこない。橋本先生が潜って敏彦を助けると、何故か顕微鏡を握りしめていた。保健室で介抱されているときも、敏彦は雨宮先生の名をうわごとで呼んでいる。敏彦は、褒められる級長の良夫を困らせるため自分が顕微鏡を盗んで池に沈めたのだが、雨宮がやめさせられると聞いて悪いことをしたと悟り、顕微鏡を拾いに来たのだ。
純粋な子供たちに、冷酷な資本家である原島の心は動いた。そして他の水路に汚水を流すことを子供たちに約束した。