1955年に発生したナイロンザイル切断事件を提起した井上靖の山岳サスペンス小説を大映と増村保造監督が映画化した。
誰が悪いと主張しているわけでなく、山で遭難した二人の男と彼らを巡る二人の女について淡々と語るだけである。しかし謎は残り、強い不安感を観客に残した。
大学の同窓生である小坂と魚津の登山パーティーが前穂高岳北壁を登頂していたが、頂上まで10mと言うところで小坂のナイロンザイルが切れて転落死した。魚津はザイルが切れたと主張したが、メーカーの八代社長が自ら実験してザイルの安全性を立証する。実は八代夫人と小坂に男女の関係があった。それゆえ、小坂の自殺ではないかと噂も立った。
暖かくなり、小坂の遺体探索が再開され、魚津は小坂の妹かおると参加した。そしてついに遺体は発見された。彼の手帖に遺書は残されていなかった。ザイルの切断面も残っていて、魚津の上司常磐がマスコミに掛け合ったが、旬を過ぎた話題を相手にしなかった。葬儀の夜、かおるは魚津に愛を告白する。
しかし魚津の心には八代夫人がいた。小坂との別れ話を相談するうちに強く意識するようになっていたのだ。
しかし八代社長は夫人と別れる気がない。魚津は八代夫人への思いを振り切るため、北穂高を越えてかおるの待つ山小屋に無事着けたら結婚しようと言った。ものの見事にフラグは折れて雪崩に遭い、魚津はかおるの元へ生きて戻ってこなかった。
正直言って、若い増村保造監督には難しい文芸大作だった。この映画って、エンドマークと共に忘れ去られてはいけない映画なのだ。事件そのものは当時まだ終わっていなかったのだから。その難しい作品を新藤兼人がなんとか脚本でサポートして成功させたと言える。
増村保造だから、山男のように死と隣り合わせの生活をする男を愛する女を、いかに描くが見所である。
山本富士子は増村映画初出演だと思うが、ちょっと浮気者だが魅力的な夫人に仕上げている。ただし、他の女性に対して、既婚者と言うことで常に引け目があり、過去の男を一生引きずって生きていかねばならない。
それに対して野添ひとみは女として完全に負けたんだが、決して俯かず前を向いて歩いて行く女のバイタリティを感ずる。増村保造の好きなタイプの女だ。
男性では珍しく山茶花究が格好良い。魚津の厳しい上司だが、理解があり常に応援してくれる存在だ。これは原作の通りだが、新藤兼人もその部分は脚色しなかった。山茶花究も美味しい役に当たったと思ったことだろう。
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1954年に従来のザイルより静荷重で強いナイロンザイルが新しく発売された。登山家は飛び付いたが、翌年から切断による死亡事故が多発した。これをナイロンザイル切断事件という。
しかし日本山岳会と東京製綱は何キロまで荷重に耐えられるかという静荷重実験を行い、人の重さで切断しないと証明した。それに対して被害者側は岩角でこすれた場合、簡単に切れると主張したが、不起訴処分となってしまう。当時は消費者用製品安全法やPSCマークという概念がなかったのだ。(消費者用製品安全法は1973年施行)
それを井上靖は題材として、1956年から「氷壁」を連載した。翌年、単行本化され大ヒットし、1958年に映画化された。登場人物にはそれぞれモデルとなる人物がいる。
監督 増村保造
製作 永田雅一
原作 井上靖
脚色 新藤兼人
企画 米田治
撮影 村井博
音楽 伊福部昭
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出演
菅原謙二 魚津恭太
山本富士子 八代美那子
川崎敬三 小坂乙彦
野添ひとみ 小坂の妹かおる
山茶花究 常盤大作
上原謙 八代教之助
浦辺粂子 小坂の母