ミスで水爆をモスクワに間違って落とした場合、米大統領はお詫びとして何をすべきか?
水爆投下というショッキングなテーマにシドニー・ルメット監督が取り組んだ傑作映画。核問題に過敏な日本では1982年に初めて上映されたが、その後地上波の深夜映画劇場で度々放送されている。
「博士の異常な愛情」と「未知への飛行」は同じテーマを扱いながら、片や英国風ブラックユーモア・コメディに仕上げ、もう一方はセンチメンタルな会話劇に仕立てている。
実はケネディ大統領暗殺事件の後、「博士の~」を製作・監督したスタンリー・キューブリックから、映画の原作が似ているという訴訟を起こされて上映時期を「博士の~」よりも8ヶ月も遅らされた。この戦略のために、「博士の~」の興行は莫大な利益を生み出したが、こちらは赤字になってしまった。敵はソ連ではなく、ノンポリのキューブリックだったのだ。
個人的にはキューブリックより、このシドニー・ルメット作品の方が好きだ。少し感傷的に過ぎるけれど。
Synopsis:
アラスカから北極海へ定時飛行に飛び立ったグレイディ大佐が率いる爆撃機隊にモスクワ攻撃指令が発せられた。安全装置がソ連の妨害電波(ジャミング)により故障して、誤指令を発信したのだ。
その頃ネブラスカ州オマハにある空軍司令部には、ボーガン将軍とラスコブ上院議員がいた。爆撃機隊の6機はフェイル・セイフ(システム用語で障害発生時に安全制御すること。軍事用語に転じて、この地点を越えると引き返せない地点)を突破して、ソ連領内に侵入する。
ボーガン将軍は国防総省(ペンタゴン)とホワイトハウスに報告する。国防総省ではスウェンソン国防長官がタカ派の政治学者グロテシェル、大統領の親友であるブラック将軍らを招聘して諮問会を開いている最中だった。大統領はホットラインを通じてソ連共産党書記長に爆撃機をソ連側で射ち落してくださいと頼む。爆撃隊のうちグレイディ機だけはソ連の攻撃をかわし、モスクワ上空で核爆弾を投下してしまう。モスクワの米大使館との電話から爆撃が行われたことを知った米大統領は、ソ連に核戦争をする気は無いという誠意を見せるためブラック将軍にニューヨーク市への核爆弾投下を命じる。
Impression:
フェイル・セイフを突破した原因は、アメリカ空軍側の単純な故障とソ連空軍側の新しい妨害電波技術を知らなかったことだ。たったそれだけのことで、1500万人以上の人々が亡くなるのだ。
この映画を見て、怖かったのは教授役のウォルター・マッソーだ。極右の政治学者はいつの時代にもいるものだが、そんな俗物が政治の中心部にいると、恐ろしいことになる。わが大学にも国際政治に極右の先生はいた。学生は共産党関係者が多かったため、文部省の手前、バランスを取ったのだろうが、中曽根康弘政権時代には少なからず政権に参加して我々は冷や冷やしたものだった。
それからカシオ大佐も怖かった。介護問題で悩む中堅武官が、これをソ連を叩く好機だと思うことは普通にありそうだから。
でも最も怖かったのは、大統領を演ずるヘンリー・フォンダが電話一本でニューヨークに水爆を落とすことだ。それもBGMも掛からず、ロシア語通訳に扮するラリー・ハグマンとともに閉じ込められた密室で全て決定されるのだ。
最後のニューヨークの阿鼻叫喚のシーンは少し迫力に欠けた。
楽観的だと思ったのは、完全に軍部が大統領に従い、個人レベルの反乱しか起きなかったこと。またその後何が起きるかを映画では何も提示しなかった。
恐らくこの後、世界的な大混乱が起き、クーデターから政権交替になる。民主党の元米大統領は共和党政権に逮捕されニューヨーク市民虐殺の罪で有罪となる。それから人命を人命で償うことがナンセンスだから、世論を抑えるため政権が第三次世界大戦を始める。結局、核の撃ち合いが始まる。報復としてソ連は日本と韓国の米軍基地を真っ先に狙うだろう。
冷戦が終わるまでに、こんな事件が起きなかったことを神様に感謝すべきだ。
この映画を見たのは、30年ぶりだろうか。最初はテレビ深夜放送だったため、最後の国防省の注意書き(国防総省と空軍はこのような事態は起こりえないことを主張する)まで見たことは無かった。
「博士の異常な愛情」では最初に空軍の注意(こんな間違いは起こらない)が入っていたが、この映画は注意を最後に行っただけ良心的に感じる。確率0でしか起きないことは現実に起こりうるのだ。
もちろん、共和党政権下ではともに上映不可能だ。民主党のジョンソン大統領の時代だったから上映出来た。
Staff/Cast:
監督 シドニー・ルメット
製作 マックス・E・ヤングスタイン
原作 ユージン・バーディック 、 ハーヴェイ・ホイラー
脚本 ウォルター・バーンスタイン
撮影 ジェラルド・ハーシュフェルド
美術 アルバート・ブレナー
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出演
ヘンリー・フォンダ アメリカ合衆国大統領
ダン・オハーリー ブラック将軍(大統領の親友)
ウォルター・マッソー グロテシェル教授(極右)
フランク・オーヴァートン ボーガン将軍
ラリー・ハグマン ロシア語通訳バック
エドワード・ビンズ グレイディ大佐(モスクワを攻撃する)
フリッツ・ウィーヴァー カシオ大佐(介護問題を抱えている)
ソレル・ブック ラスコブ下院議員(軍縮派)
ウィリアム・ハンセン スウェンソン国防長官
ドム・デルイーズ コリンズ
ダナ・エルカー フォスター