清水宏監督が全編ロケで撮った名作ロードムービー
伊豆の踊子の逆コースを通って、下田から修善寺方面へ向かう乗り合いバスの一日を追ったお話。
海外でのタイトルは、Mr.Thank You というそうだ。
2.26事件の翌日に公開されたということだが、その通り、昭和大不況を背景にした映画でもある。

バスの運転手は道を譲ってもらうと「ありがとう」とよく通る声を掛けるので地元の人から「有りがたう」さんと親しまれている。
今日もバスはさまざまな人を乗せて出発する。
下田を離れる酌婦、東京へ売られていく娘とそれに付きそう母親、ひげを生やして紳士面の無尽勧誘員。
また道行く若い女に声を掛けられては、「有りがたう」さんはそのたびに車を止め話を聞いてやる。
前方不注意でガケから転落しそうになって乗客が肝を冷やしても、「とんだ軽業をお見せしちまいまして」といって車内を和ませてしまう。
そんな彼が気になるのは売られる娘の行く末である。

日本でトーキーが始まって数年でこの映画を作るなんて、日本人も捨てた物でない。
この作品では台詞が極端にゆっくり発音されてユーモラスな反面、当時の不況と朝鮮人労働問題もえぐり出している。
そもそも「有りがたう」という言葉がかえって、ギスギスした世の中を暗示している。
清水監督が子供扱いが上手なだけの監督ではなく、当時の小津安二郎監督同様にタイムリーだったことがよくわかる。
この映画を見てはじめて、上原謙がさわやかな好人物に見えた(笑)これを見たら、いい人だなあと思ってしまう。
しかし戦後は化粧の濃い京本政樹のようなタイプになるのだ。たとえば「晩菊」で杉村春子のかつての恋人で今は落ちぶれて無心に来る役だとか。

 

桑野通子はここでは汚れ役だったが、森永のスイートガールからダンサーを経て銀幕デビューまだ三年目である。母に言わせると、彼女はプロポーションが抜群だったそうだ。
デビュー直後は清水監督に重用された。いつ見ても明るく頭が良さそうな感じを受ける。

 

監督 清水宏
原作 川端康成
撮影・青木勇
音楽・堀内敬三
出演
上原謙
桑野通子
築地まゆみ
二葉かほる
水戸光子

有りがたうさん (清水宏監督) 1936 松竹蒲田

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