日系イギリス人カズオ・イシグロが2017年ノーベル文学賞を受賞した。「日の名残り」は彼の小説の中でも重要な作品である。原作自体がテレビドラマの脚本を改稿したものだそうだ。
1993年の映画はその原作に脚色を加えたものだ。
仕える者の美学は日本も英国も共通する点があるが、美学という以上、常に誇張されている。これはいわゆる騎士道、武士道(新渡戸稲造の「武士道」にあらず)に通ずるものがあるのではないかと感ずる。騎士道、武士道というと聞こえは良いが、女性から見ると禁欲に過ぎてヘタレだ。

老いたスティーブンスは第二次世界大戦前からダーリントン卿のお屋敷で執事として勤めていた。その頃、家政婦頭として仕えていたミス・ケントン(現在はベン夫人)はその後寿退職したのだが、お屋敷に戻って仕事がしたいと連絡があり、久方ぶりに休暇をもらいイングランド西部まで会いに行くところから始まる。
道中スティーブンスは20年前愛していたミス・ケントンのこと、当時お仕えしていたダーリントン卿のことを思い出す。ミス・ケントンは才気走ったところがあって最初の頃、上司のスティーブンスとしばしば衝突した。しかし理解し合うことができて、仕事上の良きパートナーとなった。

ダーリントン卿は対独宥和派で第一次世界大戦後にドイツが押し付けられた不平等条約に憤っており、屋敷でドイツ人を交えた国際会議を開くほどだった。しかしナチスが政権を握ったドイツは、ユダヤ人政策など非人道的な政策を次々と打ち出す。ダーリントン卿は国内のナチス協力派に取り込まれユダヤ人の召使いを解雇してしまう。スティーブンスは良心の呵責を感じる程度で最後は肯んじたが、ミス・ケントンはユダヤ人に同情的で猛反対していた。
英国チェンバレン首相とドイツ大使のチェコスロバキア併合に関する会談の夜、ダーリントン卿が名付け親になるジャーナリストのカーディナルが、急に泊めてくれとやって来た。カーディナルは、卿を利用しようとするドイツの陰謀を見抜いておりスティーブンスに忠告するがスティーブンスの執事哲学(旦那様の言うことは全て良心から出たもので、それに対して反論してはならない)まで動かすことはできなかった。その日はミス・ケントンが煮え切らないスティーブンスの態度にしびれを切らせ、友達のベンからプロポーズされて承知してしまい、スティーブンスに当てつけのように一晩中泣いていた。
その後、戦争が起きて英国は参戦しダーリントン卿はナチス協力者とされて不名誉のうちに亡くなった。そして戦後、お屋敷の権利はアメリカの政治家ルイス氏の手に渡った。ルイス氏は国際会議がここで行われた頃からの知り合いで、この屋敷を愛し、スティーブンスの力量を買っていた。
スティーブンスは西部への慣れない自動車旅行で途中様々な小事件に巻き込まれながら、ようやく目的地でベン夫人(元ミス・ケントン)と出会うことができた。しかし彼女は急に娘に孫ができたので、仕事は娘の家の近くで探すと言う。結局、ダメな夫に丸め込まれたのだ。彼女とスティーブンスは、別れてから20年経って初めてデートらしいことをして数時間を過ごしたが、最後は別れざるを得なかった。

最近テレビで放送されるイギリス貴族のドラマを見ていると、戦前でも自己主張する召使いもいるし、貴族も非常に俗物だったりする。
そういう立場から見直すと、この映画は究極の理想形であって、現実には存在しない主人と執事の組み合わせに見える。

そういう現実離れを起こしてしまったのは、母に対する恨みがあったのだろう。彼の回りには母性がなかったのだ。

唯一の見せ場とも言えるスティーブンスが本を読んでいるのを、ミス・ケントンが顔をぐっと近づけて中身を覗き込むようにするところだ。要するにミス・ケントンは「キスして」と言っているのだが、スティーブンスのパーソナル・スペースに入ってしまい「一人にしてくれ」と追い出してしまう。究極の孤独つまり母性の欠乏を味わった男は、そこで女にしがみつけない。

監督 ジェームズ・アイヴォリー(米人、「眺めの良い部屋」「ハワーズ・エンド」)
製作 マイク・ニコルズ 、 ジョン・コーリー 、 イスマイール・マーチャント
製作総指揮 ポール・ブラッドレイ
原作 カズオ・イシグロ
脚本 ルース・プラヴァー・ジャブヴァーラ
撮影 トニー・ピアース・ロバーツ
衣装(デザイン) ジェニー・ビーヴァン 、 ジョン・ブライト
音楽 リチャード・ロビンズ

配役
スティーブンス  アンソニー・ホプキンス
ミス・ケントン  エマ・トンプソン
ダーリントン卿  ジェームズ・フォックス (エドワード・フォックスの弟)
ルイス  クリストファー・リーヴ
父親 ピーター・ボーガン
カーディナル ヒュー・グラント

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日の名残り 1993 英国 (ノーベル文学賞受賞記念)

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