兵隊作家(兵士出身の作家)棟田博が週刊現代に連載した原作を野村芳太郎と多賀祥介が共同脚色し、野村芳太郎が監督した、イデオロギーなき反戦映画。撮影は川又昂。
主演は渥美清、共演は長門裕之、左幸子。
あらすじ
岡山に生まれた山田正助は親もなく学もなく、前科まで付いている。そんな彼にとって昭和六年に入隊した軍隊は何の苦労もせずに食事も俸給もいただける素晴らしい場所だった。二年兵の原一等兵殿が彼を少しぐらいいじめようが、全く気にならなかった。
入営した日から親しく口を聞いてくれた、学のある棟本にはすっかり懐いてしまった。意地悪な原一等兵が除隊する折、ぶん投げて仇討しろと同期兵士に言われても、原にいざ別れに労わりの言葉を掛けられると、記念に相撲を取って満足する。投げられた原は怪我をしたのだが。
そんな山正を中隊長は親代わりとなって世話をしてくれる。飲み過ぎて遅刻してしまい雪の降る日に窓のない営倉に入れられたとき、中隊長は膝付き合わせて山正に付き合ってくれる。
営巣から出た山正は、中隊長から除隊後の生活のためにと言われて、代用教員をしていた柿内二等兵に読み書きを教えてもらう。
昭和七年大演習で山正は天皇陛下が馬に乗って通り過ぎるのを見る。予想とは違い優しそうな顔だった。この日から山正は天皇陛下の大ファンになってしまった。満州事変が一段落して日本と清国の衝突が終るという噂が出ると、山正は軍隊を辞めたくないものだからあわてて「拝啓天皇陛下様」と手紙をかこうとする。それは棟本に発見され不敬罪になると指摘されたので山正は手紙を破り捨てる。
再び応召したときも棟本と同じ隊だった。今度の副官は厳しく、中間管理職の将校は精神を病んでしまう。
まもなく日中戦争から太平洋戦争となり、山正は戦地にむかった。しかしかつての中隊長などが戦死して終戦を迎える。山正には嫌々外地から引き揚げてきた。
懐しい棟本と再会し、ヤミ屋をしたり開拓団に入ったりの生活をしていたが、身分の高い未亡人に恋をする。思い切って公務員になり、華厳の滝の自殺者を収容する管理人を仰せつかりビシッとした背広に着替えて、未亡人に会いに来るがあっさり失恋してしまう。その日から山正はぱったり姿を消した。
昭和25年久しぶりに現れた時、山正は女房にしたいので棟本に会って欲しいと、戦争未亡人セイ子を連れて来た。よくできたしっかり者の女性だった。
雪の朝、新聞は「酔漢トラックにはねられ即死」と伝えた。亡くなったのは山正だった。「天皇陛下様、あなたの最後の赤子がこの夜戦死しました」棟本はいい知れぬ悲しみに泣いた。
雑感
素晴らしい映画である。
反戦映画というとイデオロギーの色が付いているのか、懐古趣味に走っているのが普通だった。しかしこの映画は右翼のように戦争を不自然に悔しがったり、左翼のように教条的に批判していない。両者から距離を取って、中立的に戦争を受け止めている戦争映画である。
誰も戦争に行きたくない。行きたがっているのは山正だけである。
ちなみに「天皇陛下様」という表現は二重敬語であり間違い。
俳優は藤山寛美からあの山下清画伯までと、意外に好メンバーが揃っている。高千穂ひずるも山正を振る,プライドの高い役で出演していた。一人一人の出番は少ないから予算はかかってない。
主演の渥美清は寅さんのイメージが固まってしまい役柄が狭くなってしまったが、寅さん以前は様々な役を演じていた。このシリーズの後、テレビドラマ「泣いてたまるかよ」に毎回役柄を変えて主演していたが、それほど器用な役者だったのだ。山田洋次監督に一つの役に縛り付けられて面白かったのだろうか。
渥美清の金田一耕助役を「八つ墓村」以外でも見てみたかった。嵌ったと思うのだが。
スタッフ
監督 野村芳太郎
製作 白井昌夫
原作 棟田博
脚色 野村芳太郎 、 多賀祥介
撮影 川又昂
音楽 芥川也寸志
キャスト
山田正助 渥美清
棟本博 長門裕之
妻秋子 左幸子
手島国枝 高千穂ひづる
井上セイ子 中村メイコ
鶴西 桂小金治
鶴西の妻 葵京子
堀江中隊長 加藤嘉
原一等兵 西村晃
柿内二等兵 藤山寛美
浦上准尉 多々良純
浦上の妻 小田切みき
副官 穂積隆信
ひげの兵隊 玉川伊佐男
やりて婆 高橋とよ
朝鮮のとうちゃん 上田吉二郎
セイ子の伯母 清川虹子
街の人 山下清(本人)