共産党系の舞台演出家や画家として活躍した村山知義が原作で山本薩夫監督が撮った作品だ。翌年上映された続編と合わせて、石川五右衛門物語に成っている。
この作品により世に忍法ブームが起きて、漫画家白土三平の「サスケ」「カムイ」や「仮面の忍者赤影」ブームへと繋がる。「どろろ」は手塚治虫が描いたファンタジー時代劇である。
石川五右衛門は安土桃山時代に実在した盗賊集団の首領。石川五右衛門は百地三太夫の弟子であり、最後は師匠の百地を滅ぼしたとされる。
1594年、五右衛門は豊臣秀吉の手勢に捕まり、京都三条河原で釜ゆでの刑で一族郎党と共に処刑されているので、実在の人物である。
百地三太夫は百地丹波が歴史上正しい名前だ。江戸時代の読本などに百地三太夫として描かれている内容はほとんどがフィクションである。
忍者の世界をリアリズムに描くことにより被差別部落を描いているのだが、今見るとブラック企業のサラリーマンの方が悲惨に見える。
あらすじ
伊賀は忍者の村が数あり、その中でも百地三太夫の治める石川村は技術の高い忍者がいることで知られていた。そこに暮らす五右衛門は中でもひときわ腕が立った。
石川村と藤林長門守が治める砦は対立していたが、百地三太夫が藤林長門守と同一人物であるであることを知る者はごく僅かだった。
朝倉義景が滅ぼされた今、延暦寺や金剛峯寺から支援を受けた三太夫は織田信長暗殺のために次々と刺客を送ったが、全て失敗する。その間、何故か五右衛門は前線に立たせず兵站を担当させていた。ところが、好き者の五右衛門は三太夫の妻イノネと不義を重ねるようになり、それが三太夫にバレて結局京に送られる。
忍者は盗みを外道として禁じられていたのに、前線で五右衛門は盗賊石川五右衛門として軍資金を稼ぐことを命じられ、彼は屈辱を感じる。そんな時大人しい遊女マキと出会う。五右衛門はマキに惚れ込んで、忍者から抜けることを決意するが、三太夫は許してはくれない。マキを人質に取り、ついに五右衛門に信長暗殺の命が下る。
五右衛門は安土城で信長の就寝中に毒薬を口元に垂らし暗殺に成功したかに思えたが、悪運の強い信長は九死に一生を得て、逆に伊賀を急襲して忍者や女子供を皆殺しにする。
五右衛門が隠し部屋に入ると、こと切れた藤林長門守がいたが、カツラをとると三太夫の顔が現れるのであった。
五右衛門はようやく自由の身になり、心配するマキの元へ帰る。
雑感
作品としては、映画「白い巨塔」を撮る4年前だったので、監督がエンターテイメント側に寄せている感じだ。
五右衛門役市川雷蔵のメイクアップは眉をかなり太めに描いていたので、非常に珍しかった。剣を持たせれば格好いい人だったが、忍者の殺陣はお世辞にも上手とは言えない。五右衛門の信長暗殺トリックは江戸川乱歩が書いた「屋根裏の散歩者」のそれだった。
またマキ役藤村志保はお嬢さまでフェリス女学院高校を卒業後、22才で大映に入社した。その翌年に映画「破戒」(主演:市川雷蔵)などに出演しブレイクしたが、今よりずっと下ぶくれだった。正直言って、貧乏遊女にしては発育が良すぎる。
曲者フリー俳優の伊藤雄之助が百地三太夫を演ずる。百地三太夫が一人二役だったという説は有名だが、かえって戦力を分散させて不利になったから事実ではないはずだ。
信長役の城健三郎とは若山富三郎が東映から弟勝新太郎のいる大映へ移籍したときに付けた芸名である。翌年、ハタ役の藤原礼子と結婚するが、二年ほどで離婚してしばらく大映から干されてしまう。挙げ句の果てに新鋭の安田道代に手を付けて東映に再移籍する。勝新太郎に及ばないが、兄貴も暴れん坊だった。
スタッフ・キャスト
監督 山本薩夫
製作 永田雅一
原作 村山知義
脚色 高岩肇
企画 伊藤武郎 、 土井逸雄
撮影 竹村康和
音楽 渡辺宙明
配役
石川五右衛門 市川雷蔵
百地三太夫 伊藤雄之助
遊女マキ 藤村志保
三太夫の妻イノネ 岸田今日子
葉蔵 加藤嘉
ハタ 藤原礼子
藤林砦の孫太夫 伊達三郎
木猿 西村晃
織田信長 城健三朗(若山富三郎)
織田信雄 小林勝彦