今では灯台員の事なんて気にかける人はいない。灯台は全て無人化されてしまったからだ。
昔の灯台員夫婦は、各地の灯台を二、三年ごとの人事異動により転々としながら子供たちを育てなければならなかった。
さらに人里離れた任地でも戦前戦後の混乱に巻き込まれた。灯台は海上防衛の拠点であったため、灯台員は国家公務員でしかなかったが、艦載機にも攻撃された。
この映画は、昭和7年に見合い結婚した灯台員夫婦の25年間にわたる喜びと悲しみの年代記である。
以前、テレビで前後編に分けて見た記憶があるが、今回、完全版を見て新たな感動を覚えた。
監督、原作、脚本は木下恵介、音楽は木下忠司。
主演は高峰秀子と佐田啓二。助演に桂木洋子、田村高廣、有沢正子、中村嘉葎雄、三井弘次など。
主題歌の歌手は若山彰で、懐メロ番組でも大合唱団とともに歌う姿を見たものだ。今でも空で歌える。
Synopsis:
昭和七年 上海事変
父の死で休暇をもらった横須賀観音崎灯台員有沢四郎は信州での葬儀後、慌てて見合いと祝言を済ませて嫁さんのきよ子を連れて帰って来た。1ヶ月後、きよ子のかつての旧友藤井たつ子が訪ねて来た。訪問早々、海に身を投げようとする。たつ子の好きな人はきよ子が好きで今だに忘れられないのに、見合いした途端に結婚して消えてしまうのはきよ子が身勝手だという。それを止めたのは、次席の金牧であった。金巻の妻は金巻の単身赴任の間に子を亡くし気が変になっていたが、金牧はいまだに妻を愛しんでいた。そんな金牧は、たつ子のような身勝手な自殺を神聖な海ですることはならぬと言い、追い返す。
昭和八年 日本が国際連盟を脱退
四郎たちは北海道の石狩灯台に転任になった。そこできよ子は長女雪野を生んだ。産婆が間に合わず、四郎が自ら取り上げた。しかし同僚の妻は病気で亡くなってしまう。二年後には、きよ子は信州の実家に戻り長男光太郎を生んだ。
昭和十二年 盧溝橋事件
四郎一家は、西海の果てである五島列島の孤島である女島灯台に転勤した。子供たちに友達がいなくて夫婦喧嘩が多くなる。結局四郎が単身赴任として女島に残り、一週間に一度の渡し船の出る本島に妻子は引っ越す。若い燈台員野津はいつも明るく、灯台長の娘真砂子を恋していたが、彼女は母の苦労を見て来ただけに灯台員に嫁ぐ気にはなれなかった。
昭和十六年 12月太平洋戦争開戦
有沢四郎は四郎は 次席に昇進し、家族を引き連れ佐渡の弾崎灯台に移る。
昭和二十年 本土空襲が激化
有沢たちは静岡の御前崎灯台に移り、疎開して来た名取夫人と知合い、家族ぐるみの交際をする。さらに野津と妻となった真砂子が赴任してきた。灯台員は兵役免除のため部下の灯台員が虐められる事件が起きる。怒って乗り込んだ四郎は相手に言いくるめられて呑み潰される。艦載機の襲撃に名取夫人も被弾するが、きよ子が懸命に看病した甲斐があって回復する。しかし各地の灯台が襲撃され大勢の灯台員の命が失われる。
昭和二十五年
有沢たちは三重県安乗崎灯台に転勤となっていた。灯台記念日式典の後、母そっくりに成長した雪野とやんちゃ盛りの光太郎は、両親に贈物をする。
名取夫人から便りがあり、雪野を東京の学校に入れてはどうかと言う。四郎は渋ったが、結局名取夫人の好意を受けて、雪野は東京の学校に進む。
昭和二十八年
瀬戸内海の男木島灯台に転勤になる。大学入試に失敗した光太郎は、不良の喧嘩に巻き込まれて刺されて死んでしまい、仕事があった四郎は息子の死に目に会えなかった。
昭和三十二年
御前崎灯台の台長に就任するが、雪野と貿易会社に勤める名取家の長男進吾との縁談が持ち上がった。この時も四郎は渋ったが、結局賛成した。挙式の後、進吾の任地のカイロに向う船のために、有沢夫妻は、霧笛を鳴らし灯台の灯りをともした。それに応えて、船の汽笛がきこえて来た。
ラストも新たな赴任地への夫婦揃って北海道日和山灯台への転勤シーンで終わる。
Impression:
与えられた仕事をコツコツ真面目にやること。それが人生の目的だった時代があった。
しかし、いつの間にやら、そんな人生は馬鹿馬鹿しいと思われるようになった。哀しいことだ。
何度かこの映画を見ているが、年齢につれて受け止め方が変わってきた。例えば桂木洋子を例にとって考えたい。
藤井たつ子(桂木洋子)は蓮池という男を愛しているが、蓮池はきよ子(高峰秀子)のことが忘れられない。そこで藤井はきよ子が憎くて新婚家庭に殴り込みをかけて、一回の見合いですぐ結婚する馬鹿な亭主に会いたいと言い、挙句に自殺騒ぎを起こす。これには金牧次席(三井弘次)が怒って、たつ子を狂った女房の前に引きずって行くと、女房は藤井に「馬鹿」と言う。そして次席は「君も狂っている。妻も狂ってる。しかし君は死んだ子のために三月の節句に紙人形を折る妻に馬鹿と言い返せるか?真実の愛を知らない君に、たった一度の見合いで結婚した灯台員の苦労がわかるか」と説教して追い返す。気が狂った、次席の女房は桜むつ子が演じている。
冒頭のこのシーンが見事だった。映画から目が離せなくなった。ズッシリと映画の主題が提示されている。木下恵介はテオ・アンゲロプーロス「旅芸人の記録」風の歴史映画にすることもできた。しかし彼は敢えてホームドラマを選択したのだ。
何回か転勤を重ねて、次にたつ子が現れたとき、彼女はすっかり落ち着いた、でも諦めきった表情を見せる。それは蓮池が生きる精気を失ったかもしれぬ人間であり、そのことを承知でたつ子が結婚を承諾したことを表していた。おそらく彼女は金牧次席に言われた言葉に縛られて、真実の愛を探していたのだと思う。
最後に桂木洋子が現れるのは有沢家の長女の結婚が決まりそうな、始まって2時間26分ごろ。何と木下恵介は美しい桂木洋子を苦労人の婆さんにしてしまった。
三度、きよ子の前に現れたたつ子は空襲で蓮池を失い、彼が外に作った子を養子にして戦後の混乱期を生き抜いて来た。そして今は、その養子がたつ子を養う側になったと言う。そうして生まれて初めて心の安寧をたつ子は得たのだ。
ところが、せっかくの桂木洋子の見せ場なのに木下恵介監督は容赦がない。有沢四郎(佐田啓二)が話に割り込んで、娘の結婚について書いた手紙をきよ子に見せに来るのである。
桂木洋子の粗末な扱われ方は半端がない。華のない女優であれば出番は編集段階でカットされるだろう。
しかし桂木洋子の美しさが半端ないからこそ、まるで端役のような扱いを受けても、印象に残ってしまう。そして桂木洋子が演じたたつ子が幸せを得て良かったと思う気持ちにさせるのだ。
多くの脇役一人一人の人生が見えてくる映画に2時間40分程度の長さは短すぎるかもしれない。とくに戦後部分はあっさり流している。(戦前戦中の13年間は106分:戦後の12年間は半分以下の52分)
でも人生というものは年を取ってからあっという間に終わるから、これぐらいの編集がちょうど良いのかもしれない。
Staff/Cast:
監督 木下恵介
原作 木下恵介
脚色 木下恵介
撮影 楠田浩之
音楽 木下忠司
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出演
佐田啓二 有沢四郎
高峰秀子 有沢きよ子
有沢正子 有沢雪野 (高峰秀子そっくりだった)
中村賀津雄 有沢光太郎
桂木洋子 藤井たつ子
三井弘次 金牧次席
桜むつ子 金牧次席の妻
明石潮 北海道木村台長
三木隆 鈴木次席
井川邦子 鈴木次席の妻
坂本武 郵便局長
田村高廣 野津
伊藤弘子 真砂子
北竜二 名取
夏川静江 名取夫人
仲谷昇 名取進吾