オリンピック・イヤー1964年の邦画界は突然国際化したのか、ミュージカル映画が急に流行ったことがある。
それ以前のミュージカルとしては、時代劇オペレッタ映画として戦前の「鴛鴦歌合戦」や戦前から戦後に続く「狸御殿シリーズ」などが挙げられる。また藤原義江の浅草オペラ、戦前のエノケン、戦後の翻訳ミュージカル舞台や宝塚歌劇団、クレイジーキャッツの音楽映画は以前から人気になっていたが、一般のサラリーマン喜劇のミュージカル映画化は受け入れられるのか。
東亜観光独身寮に住み外国人観光課に所属する山川とその後輩中井。何事につけても要領の良い山川といつもぼーっとしている中井という凸凹コンビだ。
社長が渡米するに当たり、アトラクションを用意しろと言われた山川は、ダンサーたちを雇って派手な歓送会を羽田の屋上で実行する。ド派手なパフォーマンスが社長に受けて、山川も満足して帰社する。ノリについて行けなかった中井は憧れのタクラマカン砂漠を想っていると、アメリカへ向かったはずの社長が慌てて帰ってくる。乗客の都合で一旦引き返したそうだ。社長は中井に封筒を渡し、愛人に渡してくれと言って再び機上の人になる。
中井が社長の愛人宅に行くと、彼女は風呂に入っていてシャワーが壊れたから直せと言う。お陰で中井は水浸しになってしまった。その夜、いつも行く居酒屋で山川にその旨を伝えると、出世三箇条として、第一に社長の娘と結婚すること、第二に労組委員長になること、第三に社長の弱みを握ることだ、今日の愛人は第三条に当たるから出世できると言ってくれるが、中井はよくわからない。
社長が帰朝すると若い女性を連れている。彼女はアメリカに修行に行っていた娘陽子で、これから山川らの上司として就任するという話だ。(ここで名曲「アメリカでは」の歌とダンスシーン) その夜、いつもの居酒屋で山川と中井が陽子について話していると、女中の良子が山川に見合いしろと言われていると相談する。しかし山川はわざとつれなく答える。良子の気持ちは明らかだが、出世するためにはまず社長令嬢から攻めるのだ。
中井は山川の交代要員として北海道出張から直接箱根へ派遣されるが、ツアー客を見つけられずたまたまその場にいた外人夫婦客を無償で案内する。陽子がその様子を見て注意するが、中井にはのれんに腕押しで北海道土産を渡される始末。しかし婚期を焦り始めた陽子は人前では表情に出さないが、一人になるとそんな気遣いが嬉しい。その夜のパーティーで陽子と中井は抜け出して、秘かに口づけをする。(「アメリカでは」と「タクラマカン」の二重唱)
翌日、山川も加わってツアー客の人数をカウントすると、社長と愛人の紅子がいた。とっさに社長と山川は紅子を中井の恋人だと言ってしまう。怒った陽子は翌日、中井を左遷する。一方、アメリカから観光業者マクレガーが東亜観光に会うため来日する。しかし接待して紅子まで抱かせた挙句に、他社に契約を横取りされてしまう。役員連中は怒って、山川を詰る。山川はヤケになって植木等と気が合って飲みまくる。気がつくと良子に介抱されていた。そこで山川は決心が付く。
翌日、出社した山川は社長の愛人も含めて暴露して辞職届を叩きつける。陽子がその件で社長を吊るし上げていると、箱根で中井が案内した観光客がやって来る。実はアメリカのロータリークラブ会長で会員の観光先を前もって視察していて、中井の親切なアテンドぶりに次回以降も是非頼むと言う。陽子は嬉しさのあまり涙ぐむ。
そして山川と中井の昇格が決定し、陽子、山川と良子は転勤先の御殿場のゴルフ場建設用地に車を飛ばして、中井に出世したことを知らせる。
映画の中で使われる歌
君も出世ができる(主題歌)
バンザイ屋の唄(羽田空港でのお見送りシーン」
タクラマカン(中井のテーマソング)
鏡を見つめるとき (陽子が一人で物思いにふけるシーン)
アメリカでは (陽子と社長のテーマソング)
いなかにおいで(良子のテーマソング)
男一匹(フランキー堺と植木等)
須川栄三監督は東大経済卒。「野獣死すべし」などハードボイルドに強い監督だが、1964年1月にラスベガスへ2週間出張してミュージカルを学び、さっさと撮ってしまい5月には劇場上映した。ブロードウェイに「楽して出世する方法」というミュージカル舞台がある。最近ではハリー・ポッターのダニエル・ラドクリフが主演して話題になった。映画化もされているが、このミュージカルをベースに日本流に翻案したのが「君も出世できる」というわけだ。残念ながら当時は興行的に大失敗となってしまった。
その理由は簡単だ。絵面に華やかさがない。どれだけモブの群舞が派手であっても、基本的にフランキー堺、高島忠夫、雪村いづみ、益田喜頓、中尾ミエの五人芝居なのだ。
東宝映画の喜劇はクレイジーキャッツにしろ駅前シリーズ、社長シリーズにしろ脇役のラインアップの凄さで売っていたから、東宝映画の観客からすると物足りなくなる。
音楽を担当した黛敏郎や作詞を担当した谷川俊太郎にしても、真面目な音楽を作り真面目な歌詞を書いている。はっきり言って面白味がない。二重唱といっても単なるハーモニーではない。それぞれが別の歌詞を歌って最後は一つに混じり合うのだ。今で言えば、ボーカルとラップが別々に歌っているようなものだ。
アメリカのミュージカル「ウェストサイド物語」はダンスが凄くて受けたが、歌の方はレナード・バーンスタインの高尚な音楽をベースにしてるから少し気取って聞こえたはずだ。ましてサラリーマン喜劇でバーンスタインを起用するか。それと同じことなのだ。
ただ、サラリーマンを題材にしたから失敗したのであって、国産ミュージカルを舞台でまず作って成功させてから、映画化すれば良かったのである。
いまや国産ミュージカルは全盛期だ、2.5次元の話だが。これからは国産ミュージカルを映画にする企画も通りやすい。時代は変わっているのである。
1964年にサラリーマン喜劇をミュージカル化する試みはもろくも失敗した。しかし20年後、カルト映画として人気に火が付き、LD、DVDが企画されて、生き残った人に取材して秘話を聞けただけでもめっけものである。
この映画のプラスの点を語る上で関矢幸雄の名前を忘れられない。時代劇には殺陣師、ミュージカル演劇には振付師が付き物というわけで、東宝ミュージカルの振付師を映画の方でも起用したのだ。だからモブ群舞シーンは素晴らしいものに出来上がっている。最後の方の「男いっぴき」を全員で歌うシーンはサラリーマンのエキストラ中心だった。だから喧嘩になって暴動騒ぎになりそうだった。
彼はアメリカのミュージカルに精通し、このようなネタを色々な名作ミュージカルからいただいたらしい。
またフランキー堺の振付は、彼がジャズドラマー出身だったこともあり、体格の割に運動神経が敏捷で素晴らしいダンスだった。誰しも一見の価値はある。
この辺りがこの映画がカルト映画として未来永劫残されていく由縁だろう。
監督 須川栄三
製作 藤本真澄
脚本 笠原良三 、 井手俊郎
撮影 内海正治
合成 三瓶一信
音楽 黛敏郎
振付 関矢幸雄
配役
片岡信吾 益田喜頓 (東京吉本のあきれたボーイズ出身)
山川善太 フランキー堺 (ジャズドラマー)
中井剛 高島忠夫 (「マイフェアレディ」出演)
片岡陽子 雪村いづみ (三人娘)
三田良子 中尾ミエ (スパーク三人娘)
服部紅子 浜美枝
大森課長 有島一郎
総務部長 藤村有弘
重役B 十朱久雄
小野 立原博
マクレガー ジェリー伊藤
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配役表に植木等の名前がないのはカメオ出演だからノンクレジットである。出演も2シーンほどである。
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