日本で言えば熊井啓監督が得意とする陰謀に関する映画だ。
この作品の日本での初公開は2006年英語字幕で行われた。日本語字幕による公開は2008年から2009年にかけてとエリック・ロメール監督の没後2012年である。
映画は1937年9月22日にパリで起きた誘拐事件を、脚色したうえで監督が自由に真相を推理したもの。これはロシア白軍(皇帝派)のミレル将軍がソ連に拉致された事件で、犯人と目される白軍のスコブリン将軍も姿を消してしまい共犯の妻が有罪となり獄死する。スコブリンは白軍で諜報活動を行なっていてフランス政府、ソ連やナチスとも情報交換しており、三重スパイだったと言われる。
そのスコブリンの理由を知る筈の妻の視点で描いたのが、この作品だ。登場人物や組織の名称は適宜変えている。
主演はギリシャ人女優カタリーナ・ディダスカルー(妻アルノシエ役)、セルジュ・レンコ(フョードル役)、アマンダ・ラングレ(ジャニーヌ)。
あらすじ
ナチスの台頭に対抗するため、1936年フランスに左翼政権の人民戦線内閣が誕生する。その頃、ロシア革命で亡命したロシア白軍(皇帝派)の残党はパリで協会を作っていて、ヴォローニンは協会のNo.2として諜報活動を主に行っていた。ヴォローニンの妻でギリシャ人のアルノシエは画家で世事に疎かったが、フランス共産党員が友人になり世の中のことを教えてもらい次第に夫の仕事にも興味を抱く。
1937年6月、(夫の密告により)トバチェフスキー元帥が粛清される。
ソ連に貸しを作った夫は、ソ連に帰って士官学校の校長になると妻に打ち明ける。皇帝派の指導者ドブリンスキー将軍は、ヴォローニンと意見を異にしたため、協会活動に嫌気がさしていたのだ。それを聞いて妻は泣いて喜ぶ。この時点でフランス左翼もヴォローニン夫妻もソ連を信用している。
しばらくして、夫が蒼白になって「マズイことになった」と妻に告白する。ドブリンスキーが目前でドイツ人に誘拐されたのだ。ドイツ人がソ連のために動いたのだ。ヴォローニンは誘拐現場にいたことで容疑者となる可能性がある。協会にはドブリンスキーが書いたメモが残されており、ヴォローニンと出かけると書いてあった。ヴォローニンは身の危険を感じ、妻を見捨てて逃亡する。残された妻は有罪となり獄死する。
1939年ついに独ソ不可侵条約が締結され、ソ連を頼りにしていたフランス左翼活動は縮小する。1940年5月にナチスはフランスに攻め込み、あっという間に落としてしまい、首都をヴィシーに移しナチスと休戦協定を結んだペタン元帥が国家主席に就任する。ドゴール将軍はロンドンへ亡命する。翌年ナチスはイギリス空軍が優秀なため西部戦線が行き詰まってしまう。そこで不可侵条約を破棄してソ連に宣戦布告をする。
雑感
映画自体は、エリック・ロメールらしくほとんど会話だけで出来ている。前作「グレースと公爵」との違いは、実写フィルムをたびたび挟んで1936年から1937年の時代背景を織り交ぜていることだ。
総選挙による初の左翼政権である人民戦線内閣(ブルム首相)が成立するが、社会党、急進社会党、共産党の寄せ集めだったため、スペイン内戦への対応が二つに分かれて37年6月に崩壊する。その3ヶ月後に事件は起きる。おそらくソ連がフランスを見限ったのだ。
ここから映画の話。ナチスと手を組みたい白軍指導者はドイツ大使館員に伴われて車に乗るが、白軍指導者はソ連に送られてしまう。つまりナチスとソ連がすでに手を結んでいた。
レーニンの死後、スターリンは政敵で赤軍を作ったトロツキーを追放した。そして赤軍の将軍クラスを次々と粛清する。その中にはトハチェフスキー元帥もいた。その結果として赤軍の体制はガタガタになり、戦争できる体制でなくなる。
ところが共産党を嫌い国家社会主義を標榜するナチスが台頭し、スターリンは危機感を感じる。そこでスターリンは世界革命を諦め、ヒトラーと休戦の話し合いを持ち、条件としてスペイン内戦に関与しないこととした。そして赤軍の体制を立て直してから、ナチスとサシで戦争しようという考えだ。
ヴォローニンはソ連のスパイのつもりでいたが、誘拐は知らされていなかったらしい。もし知らされていたら、もっとはっきりしたアリバイを作るはずである。おそらくソ連はヴォローニンなどどうでも良かったのだろう。妻を見捨てて逃亡後、スペインに逃亡したが結局そこで抹殺されている。
実話は1937年6月にトハチェフスキー赤軍元帥を粛清して、数ヶ月後白軍指導者ミレル将軍誘拐事件が起きたわけで、独裁者としてのスターリンの野望達成に大きく近づいた。その狭間で悪役を演じてくれる都合の良い人物が、三重スパイだったスコブリンだった。スパイはいつも使い捨てだ。
「海辺のポーリーヌ」、「夏物語」で主役を演じたアマンダ・ラングレが共産党員の妻役で出演している。
スタッフ・キャスト
監督・脚本 エリック・ロメール
撮影 ディアーヌ・バラティエ
衣裳デザイン ピエール・ジャン・ラロック
美術 アントワーヌ・フォンテーヌ
配役
アルシノエ カテリーナ・ディダスカル
フョードル セルジュ・レンコ
マギー シリル・クレール
ボリス グレゴリ・マヌーコフ
ドブリンスキー将軍 ディミトリ・ラファルスキー
ジャニーヌ アマンダ・ラングレ (海辺のポーリーヌ、夏物語)