(☆)「ライ麦畑でつかまえて」を書いて一躍売れっ子作家になったJ・D・サリンジャーは、何故か人前から姿を消して隠遁生活をして、2010年91歳のとき静かに亡くなった。その理由を明らかにするため、彼の若い頃を描いた伝記映画。
ケネス・スラウェンスキーが2012年に書いた伝記「サリンジャー 生涯91年の真実」を基にダニー・ストロングが脚本を書き、ダニー自身が監督としてデビューした。
主演は子役出身の英国出身二枚目俳優ニコラス・ホルト。
共演はケヴィン・スペイシー、ゾイ・ドイッチ、サラ・ポールソン。
あらすじ
1930年代のニューヨーク。サリンジャーは、マンハッタンのユダヤ人の裕福な家庭に育つ。早くから小説家志望だった。学校を出た後、息子の経済的自立を望む父親には反対されながらも母親の支援でコロンビア大学の小説の講義を聴講させてもらい、そこで講師のウィット・バーネットと出会う。そこで小説の相談に乗ってもらう。最初の雑誌掲載は、ウィットの編集している「ストーリー」誌で掲載料は25ドルだった。
サリンジャーは雑誌掲載を大いに祝い、かねてから目を付けていたウーナという美しい娘と付き合うようになる。その後、サリンジャーの作品は発表されず、ウーナとの恋も前へ進まない。サリンジャーはウーナとの恋愛体験をもとに、ホールデンとサリーの短編を書く。すると、ニューヨーカー誌がその小説を発表することが予定される。ウィットは、ホールデンというキャラが気に入り、この題材で「長編小説を書け」とサリンジャーに勧める。
1941年12月7日、日本の真珠湾攻撃により、アメリカは第二次世界大戦に参加することを決定した。そしてサリンジャーは、陸軍入隊が決まり、家族はパーティを開きます。そこにウーナも現れ、サリンジャーは別れのキスをする。ウーナは、哀しげだった。出版エージェントのドロシーは、ニューヨーカーに渡した短編は、戦時のためキャンセルされたことを伝えた。
陸軍での訓練中、ウーナがあのチャーリー・チャップリンと結婚することを聞貸され、サリンジャーはショックを受ける。彼は1944年6月6日のノルマンディ上陸作戦に参加し、激しい殺し合いや収容所のユダヤ人の姿を見てPTSDを患い、精神病院に収容される。
1946年、戦争が終わりサリンジャーはドイツで結婚した妻を連れて自宅に帰る(多分、病院から抜け出すために結婚したのだろう)。サリンジャーは、PTSDの後遺症に襲われ酒に溺れて、妻がナチスだったのではないかと悩み離婚する。ウィットにサリンジャーは書き進めていた長編小説を見せるが、出版を拒否され、ウィットと絶縁する。サリンジャーは、周りの雑音から抜け出したくてインドの僧侶の話を聞き瞑想しながら、執筆活動を続ける・・・。
雑感
この映画は、批評的にも興行的にも失敗した作品だが、個人的にはJ・D・サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を読んだ人が感想文を書くために行数を稼ぎたいとき、見ておくと良いと思う映画だ。
小説「ライ麦畑でつかまえて」は、麻薬中毒に犯された時のことを思い出して太宰治が書いた「人間失格」を読んだ時と同じぐらいの衝撃を与えた。
サリンジャーは、小説家の才能を持ちながらナイーブな青年だった。短編小説を出版したところでアメリカが第二次世界大戦に参戦し、彼は招集される。ノルマンディ上陸作戦への参加やナチス収容所の解放などによってPTSD(戦争神経症)になってしまい、麻酔薬による治療を受けた。おそらく、麻薬とは縁が切れなかったのではないか。戦後文壇に戻っても切れやすく仲間を全く作らず「無頼派」となった。精神的支えは、インド出身のメンターから学んだ瞑想だった。
「ライ麦畑でつかまえて」が大ヒットしてからは、ニューハンプシャー州コネチカットの田舎の一軒家に暮らして、たまにニューヨークのエージェントの元にやって来ていた。
当時として彼は、甘ったれた若者語を使った文体を駆使して、教養主義に基づくローリング・トウェンティーズとは一線を画した。
早くに断筆して文壇と縁は切れたが、自分の著作権に関しては敏感で裁判を起こしては、ニューヨークまで出てきていた。
サリンジャーとウーナ・オニールが付き合っていたときは、まだウーナが16歳の時だ。だからサリンジャーはロリコンだったと考えられる。彼女の若い頃の顔を見たかったら、娘で女優ジェラルディン・チャプリンの顔を思い出すと良い。そっくりだ。ウーナは、チャプリンとの間にジェラルディンを含め8人の子供を産んで、チャップリンが亡くなるまで彼の側で介護していた。
主演のニコラス・ホルトは、この後「指輪物語」を書いたトールキンの伝記映画にも主演したが、このサリンジャーの方がストーリーに起伏があった面白かった。
スタッフ
監督・脚本 ダニー・ストロング
原作 ケネス・スラウェンスキー「サリンジャー 生涯91年の真実」
製作 ブルース・コーエン、ジェイソン・シューマン、ダニー・ストロング、モリー・スミス、サッド・ラッキンビル、トレント・ラッキンビル
製作総指揮 エレン・H・シュワルツ、スコット・ファーガソン、マシュー・サロウェイ、クリスティーナ・パパジーカ
音楽 ベアー・マクレアリー
撮影 クレイマー・モーゲンソー
キャスト
J・D・サリンジャー – ニコラス・ホルト
ウーナ・オニール(恋人) – ゾーイ・ドゥイッチ
ウィット・バーネット(師匠) – ケヴィン・スペイシー
ドロシー・オールディング(エージェント) – サラ・ポールソン
ジルー(ニューヨーカー編集長) – ブライアン・ダーシー・ジェームズ
ソル・サリンジャー(父) – ヴィクター・ガーバー
マリアム・サリンジャー(母) – ホープ・デイヴィス
クレア・ダグラス(妻) – ルーシー・ボイントン
ガス・ロブラノ – ジェームズ・アーバニアク
ナイジェル・ベンチ – アダム・ブッシュ
ウィリアム・マックスウェル – ジェファーソン・メイズ
スワミ・ニラナンダ(メンター)- バーナード・ホワイト
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エージェントを通して、ニューヨーカー誌が短編をリライトなしで出版するといい、サリンジャーは喜ぶ。お祝いのパーティでサリンジャーはクレアという自分に批判的な女学生と出会う。サリンジャーは長編小説の準備をするため、山荘に閉じこもって書く。
長編を完成させたサリンジャーは出版社を訪れ、小説「ライ麦畑でつかまえて」を見せる。しかし、出版社はリライトを希望する。他の出版社では、サリンジャーは宣伝ポスターが気に入らず、自分の主張を押し通す。
ようやく1951年「ライ麦畑でつかまえて」は出版され、若い読者を中心に大ヒットする。しかしサリンジャーは隠遁し、ニューハンプシャーの山荘で暮らす。クレアとは結婚し、子供もできる。ウィットが、雑誌に掲載された小説のアンソロジーを作るため、序文を依頼してくる。しかしサリンジャーが書いたものはウィットとの個人的な問題を書いたものだったので、序文に相応しくないと言ってウィットに掲載を断られる。
ある日、女学生が学校新聞に載せたいと言うので、インタビューに応じる。ところが、そのインタビューが地元誌に掲載されてしまう。騙されたと思い、家の周りに2mの塀をつくり、ますます閉じこもる。クレアはそんな生活に耐えられず子ども二人を連れて彼と別れる。そしてついにサリンジャーは、筆を折る。