ソ連の抑留兵強制収容所(ラーゲリ)を舞台にした、ソ運の女軍医と日本捕虜との物語。
舟崎淳の原作「ラーゲルの性典」を杉本彰が脚色、曲谷守平が監督した。
主演はへレン・ヒギンス、細川俊夫、共演は国方伝、御木本伸介

あらすじ

昭和24年夏、ハバロフスクにある強制収容所では、ソ連軍に任命された民主委員黒井たちが、日本兵を強制労働の監督を務めていた。彼らはかつて自分たちを虐めた年長者や将校を逆にいじめて楽しんでいた。
満洲の情報将校だった舟橋中尉は絵が上手いため、ソ連将校の肖像画を描かされていた。黒井らは将校の舟橋が労役免除であることを苦々しく思っていた。

女性軍医大尉リーザは政治部から、舟橋を戦犯容疑者として取調べるよう命じられた。リーザは舟橋に対して直接取り調べる代わりに、世間話をしながら聞き出そうと考え、自分の肖像画を描くことを命令した。彼女のソフトな態度にかえって舟橋は警戒心を抱いた。彼は黒井らにチクられるのを恐れ、入院するために気違いを装った。医務室で休んでいると、黒井たちが骨折して労役を休んでいる同僚を揶揄っていた。舟橋は気違いの振りをして、便器がわりの壺を黒井の頭にぶちまける。またロシア人女性兵士らのシャワーを覗き見しているところに遭遇し、梯子を外してしまう。夜中に故郷の母が恋しくなって星を見に外に出ると、東屋でソ連軍将校とロシア人従軍看護婦が浮気しているところに遭遇する。そこで騒ぎを起こしたため、情事は露見するが、すべて舟橋は発狂しているということでお構いなしだ。ところがその将校の妻と浮気相手が大喧嘩してしまい、妻に鎮静剤を注射して舟橋の隣で眠らせる。夜中に起き出した妻は、突然舟橋に襲い掛かる。舟橋が抵抗すると妻は怒り出して、プロレスになり四の字固めを掛けられる・・・。

やがて舟橋は近くのホール病院に収容されることになった。収容所からの移送のためにリーザが自分のジープに乗せた。彼女は日本語でいろいろと彼に尋問する。化けの皮が剥がれようとした瞬間、高速で走っていたジープはハンドルを切りそこなって、路肩に突っ込み二人は道端に放り出された。舟橋は思わずリーザを庇って抱きしめたため、彼女は無事だった。彼女は感激して舟橋に熱烈なキスをした。

ソ連政治部では舟橋が偽狂人ではないかと疑っていた。麻薬療法で一時的に正気にかえった舟橋は、再びリーザの肖像を描く。そのとき彼女は隣室での情事を見せて、彼に抱いてと告げる。しかし彼はワナかもしれぬと、彼女を振り切る。舟橋はソ連軍の追及を逃れるため、再び狂人に戻った振りをして、馬車で町に飛び出し大暴れしたために監禁室に入れられた。

一ヵ月後、黒井たちの悪業三昧が露見し、ついに戦犯として監獄に送られてしまう。逆に舟橋は本物の狂人と認められ本国送還となった。別れの時、舟橋はリーザと共に風呂に入る。彼はついにリーザの愛を受け入れ、激しく愛し合った。舟橋は後ろ髪を引かれる思いがして、帰り船に乗り込むのであった。

 

雑感

凄いカルト映画だ。恐らく舟橋中尉が話を盛った手記を帰国後発表してそれが書籍になり、反共だった新東宝が面白おかしく映画化したものと思われる。

西側では「ビルマの竪琴」などを見ても、敗戦国でも上官が捕虜を指揮するものだ。
しかしジュネーヴ条約を批准していないソ連は、分かっているだけでも65万人の抑留兵士に民主教育を徹底的に行って民主委員制度を採り、元々共産党員だったものや共産主義に染まりやすい若い兵卒に、将校や先輩兵士の労役を監督させた。
ソ連はシベリア開発の労働力として日本人抑留兵士をできるだけコストをかけずこき使うつもりだから、民主委員にはまともな食料を与えるが、その他の捕虜には猫も食べないような不味いスープしか与えなかった。(日本の左派政党が戦後ソ連に行って、抑留の実情を知っても、それを国会で報告することはなかった)
帰国してから収容所でのリンチが日本の裁判所で刑事事件として認められた例もある。ソ連が煽った日本人同士の遺恨は、根深く残ってしまった。

そういう背景を理解しても、突っ込みどころ満載なのだ。大体発狂して暴れるのに、なぜソ連兵は撃たないのか?
肉食系のリーザが舟橋を男妾にしたければ、強制的にすることもできたはずだ。それなのに何故リーザは舟橋を押し倒さなかったのか。一方、将校の妻は舟橋とプロレスごっこをしたが、それは無理やり肉体関係を結んだ暗喩だったのではないか。

主役の細川俊夫は同業者の細川俊之と全く関係ない。拙い演技が、かえって笑いを誘う。彼は劇団出身ではなく慶應ボーイから松竹入りしながら召集され、復員してから競歩日本選手権で三連覇したスポーツマンで新東宝に入社するが、倒産する前にフリーになる。東京オリンピックでも日本競歩コーチを務めた。

女医役のヘレン・ヒギンスは日本在住の美人モデルとして有名だった。中村錦之助と東映時代劇で共演経験のあった彼女は、父が日本人で母親がロシア人でありロシア語も日本語も堪能だったため、この映画のヒロインに抜擢されたのだろう。ところが彼女は既婚者であり、ヒギンスという名前は夫の苗字だったのだ。1960年にはアメリカへ渡ってしまった。

スタッフ

製作 大蔵貢
企画 島村達芳
原作 舟崎淳
脚色 杉本彰
監督 曲谷守平
撮影 岡戸嘉外
音楽 橋本力

キャスト

舟橋中尉  細川俊夫
黒井民主委員    国方伝
奈島    西一樹
石田    野崎善彦
戸上    高橋一郎
森田軍医   高松政雄
杉山   遠藤辰雄
堺    加藤彰
傷病兵の江之上   御木本伸介
女軍医大尉リーザ ヘレン・ヒギンス
ソ連軍医中尉   ピーター・ウィリアムス
ソ連軍医中尉夫人 リリー・エルサレモア
ソ連日直将校   ジャック・アルテンバイ
ソ蓮軍医少佐   ウスタク・コスタンチン
ソ連少佐     E・キーン
ラーゲルの看護婦    マニヤ・ウィリアムス
ダーシャ     エリーナ・ビィシタ
ソ連日直将校の細君   アンジェラ・ヴィジー

 

 

 

 

ソ連脱出 女軍医と偽狂人 1958 新東宝製作・配給

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