人種差別が色濃く残る1960年代のアメリカ南部(ディープ・サウス)を舞台に、黒人天才ピアニストであるドン・シャーリーと、彼に雇われたイタリア系の運転手トニー・リップの旅を描くロード・ムービー。
ファレリー兄弟の兄ピーター・ファレリーが監督・脚本を務める。共同脚本は監督、トニーリップの息子ニック・バレロンガ、ブライアン・カリー。
主演はヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ。共演はリンダ・カーデリーニ。
あらすじ
トニーは、ニューヨークの一流ナイトクラブ「コパカバーナ」で用心棒として働いていた。店舗改装で休業した2か月を、黒人ピアニスト、ドン・“ドクター“・チャーリーの運転手として働かないかと誘われる。ドクターは、カーネギー・ホールの上のマンションに暮らしていた。そこで人種差別の酷いディープ・サウスへのツアーに出かけるというドクターの計画を聞き、トニーは報酬が安いと言って断る。
ドクターは事前の調査をしていて、トニーなら大丈夫と期待して、後日彼の希望する報酬でトニーを雇う。妻ドロレスに、2ヶ月の旅で千秋楽がクリスマス・イブになるが、必ずクリスマスに帰るとトニーは約束する。妻は、トニーに手紙をくれと頼む。
ドクターは初日に黒人用旅行ガイドブック「グリーン・ブック」をトニーに渡す。南部各地の黒人が泊まれるモーテルやレストランの住所が記されていた。
眼鏡のチェロ奏者オレグとベース奏者ジョージを加えたトリオ構成でツアーする予定だが、彼らはドイツ系白人だ。
最初は、ブルックリンのヤクザであるトニーと黒人でありながら上流階級に属する知識人ドクターの会話は合わない。
〔ペンシルベニア州 ピッツバーグ〕初日の演奏を見たトニーは、ドクターの演奏に感心する。
西へ移動するトニーは、車中でドクターに「なぜリップと名乗っていたのか」と尋ねられる。
リップというのは、幼い頃に口が一番達者だったからだ。ドクターは、褒められることかと訊くが、「嘘ではなく、デタラメなのだから(デタラメは創造力が問われるから)」とトニーは胸を張る。
カーラジオの曲に、ドクターが興味を示す。チャビー・チェッカー、アレサ・フランクリンの曲をトニーは紹介し、ドクターもそれらの曲を気に入る。
ある雑貨店の店先に、商品のヒスイが落ちていた。トニーは落ちているヒスイを拾い、ポケットに入れる。オルグがそれを見ており、ドクターに告げ口する。トニーは、ドクターに「金を払え」と注意される。
〔インディアナ州 ハノーヴァー〕コンサートの会場にあるピアノが、スタインウェイでなかった。トニーが注意するが、係員はそれがどうしたと気にする素振りもない。トニーが、グーでパンチすると、ピアノはあっという間にスタインウェイに入れ替えられていた。
〔アイオワ州 シーダー・ラピッズ〕トニーは妻のドロレスに、手紙を書いている。
ケンタッキー州へ入った頃、トニーはドクターに家族がいるかと尋ねた。ドクターは「兄がいるが、居場所は知らない」と答える。若い頃に結婚していたと言うが、夫とピアニストの両立が難しいという理由で、すぐに離婚したそうだ。
トニーは、カーネル・サンダースの店を見つける。押し付けられたフライドチキンを食べたドクターは、すっかり気に入る。
食べ終わった骨をどうするかとドクターが訊くと、トニーは車の窓から捨てる。それを見たドクターは喜んで、自分も骨を放り捨てた。トニーは、紙コップも捨てるが、ドクターが紙コップは拾いに戻るよう命令する。
〔ケンタッキー州 ルイビル〕
黒人専用の安モーテルに、トニーはドクターを案内する。トニーはイーストン・ホテルに泊まる。
ホテルの部屋で、ベース担当のジョージがトニーを呼びにきた。
ドクターが飲み屋で白人に絡まれたと言う。
飲み屋に行くと、ナイフを出して煽る相手に対し、トニーは「銃を持っている」とポケットに手を入れる。
結局、店主がライフルを出して、その場を収めた。
あとでドクターは、トニーに銃を持っているのかと尋ねたが、トニーは「嘘をついた」と笑う。
〔ノースカロライナ州 ローリー〕
ローリーでは、富豪の家でコンサートをすることになる。食事は、フライドチキンが出された。しかしその家でも、まだ差別は残っていた。ドクターに家の主は、外の掘立小屋のトイレを使えと言う。気を悪くしたドクターは、ホテルまで戻って用を足すと言った。
トニーは、何故ドクターがディープ・サウスを回るのか、チェロ奏者のオレグ、ベースのジョージに訪ねるが、二人ははぐらかす。
トニーが旅先でせっせと奥さんに手紙を書くのを見て、ドクターが書いた手紙を見せてくれと言う。女性に出す手紙にロマンがないと思ったドクターは、手紙の文面を考えてやる。
受け取って読んだ妻・ドロレスは、涙をこぼした。
〔ジョージア州 メイコン〕
ドクターがテイラーで背広に目を留めているので、トニーが試着しようと背中を押す。しかしドクターが着るのを知ると、店主が拒否した。その夜、トニーは警察から呼び出しを受けた。白人とドクターが、全裸で手錠をかけられていた。トニーは金で警官を買収するが、ドクターは「同情するな」とトニーに言った。
〔テネシー州 メンフィス〕
トニーは街で、ニューヨークの友人と偶然、出会う。トニーがドクターの運転手をしていると知った友人は、もっといい仕事を紹介するぞと言う。ドクターは、トニーが自分との仕事を辞めて、友人の紹介する仕事を選ぶのではないかと早合点する。トニーは仕事を辞める気がないと言い、友人と飲みに行くだけと答える。
その後、トニーとドクターは2人で酒を飲む。ドクターは自分の身の上話をした。レニングラード音楽院へ進学し、そこからはクラシックを学んだこと。しかし音楽会社からはジャズを弾けと言われたこと。
それを聞いたトニーは、ドクターの音楽を褒める。ドクターにしかできない音楽があるというトニーの励ましは、ドクターの心にしみる。
ドクターはトニーへ手紙指導を続ける。
ドクターの知恵が付けたトニーの手紙は、ブロンクスのドロレスら人妻たちに大人気だった。
〔ミシシッピ州 ジャクソン〕
雨がひどい夜に車で移動していると、パトカーが停車命令を出した。道に迷っていたところだったので、トニーは喜んで警官に道を聞こうとする。ところが警察官はドクターを見ると、「黒人の夜間の外出は禁止されている。I.D.を出せ」と命令する。トニーはカッとなって警察官を殴ってしまう。
トニーとドクターは連行され、留置所に拘留される。ドクターは、警察官に電話を貸してくれと言う。
ドクターがどこかへ電話した後、警察署に電話が掛かってくる。
警察署長は慌てて、ドクターとトニーを釈放する。
あとでトニーがどこへかけたか訊くと、ドクターは「(司法長官)ロバート・ケネディ」と答えた。そして「時間を割かせて、迷惑をかけてしまった」とドクターは反省した。
その後、トニーとドクターは口論になった。
ケネディと知人であるドクターに感心したトニーは、自分を卑下して「俺は黒人よりも黒人の生活をしている」と言った。するとドクターが怒り出す。ドクターは、裕福な白人にも貧しい黒人にもなれないで悩んでいたのだ。
その日、トニーはドクターの部屋(黒人専用の部屋)に泊まります。狭い部屋で、トニーは妻への手紙を書いていた。ドクターが手伝おうとすると、トニーは制止して「もうコツが分かった」と言う。トニーは情緒ある手紙を書けるようになっており、ドクターは感心する。
手紙の話題から、トニーはドクターに「兄へ手紙を書け」とアドバイスする。
〔12月24日 アラバマ州 バーミングハム〕
ドクターは最後のコンサート会場へ行き、控室に通されたが、そこは「物置」だった。
トニー、オレグ、ジョージはひと足先に、レストランで食事をしていた。オレグはトニーに、南部でのツアーの理由を「5年前にナット・キング・コールが初めてやって来たとき、白人の歌を歌ったら袋だたきにされた」と教えてくれる。それでも南部で、黒人がツアーをして回ることこそ、世間の偏見を変えるいちばんの方法だと言う。
そこへドクターが入ろうとするが、レストランの支配人から入場を拒否される。支配人は、近くに『オレンジ・バード』という黒人でも食事できる店があると言う。
しかしドクターは「ここで食べられないのなら、今夜の演奏はおりる」と言い出す。トニーも「演奏はしなくていい」と答え、買収にも応じずに店を出る。
トニーとドクターはそのまま、「オレンジ・バード」へ行く。ドクターがピアニストだと聞き、店主は、演奏を聞かせてくれと言い、ドクターは店のピアノでショパンを演奏した。すると店にいたバンドが喜んで、ジャム・セッションを行う。
店を出ると、二人組に襲われかけるがトニーが空の向けて一発銃を撃つと二人組は退散する。
ドクターに「銃を持っていたんじゃないか」と言われて、トニーはとぼける。
大雪が降るなか、ドクターとトニーはニューヨークへ出発する。大雪の中、トニーは必死で運転するが長距離運転に疲れたトニーに、眠気が襲う・・・。
雑感
この年は「ボヘミアン・ラプソディ」の年と言われたが、「グリーン・ブック」はアカデミー賞のうち作品賞、助演男優賞、脚本賞という主要賞を三つ取った。
ロードムービーだから、感動ポルノと言うほどではなく、二人の関係がゆっくりと近付いていく感じが良い。
この映画に対するドン・シャーリーの親族やスパイク・リー(黒人に対する白人救世主説)の批判は当たらない。ドン・シャーリーは劇中でも語っていたように、白人でもない、黒人らしくもない、家族も持てない男だと嘆いていた。彼は白人に向ける顔、黒人に向ける顔を使い分けるタイプだ。黒人のことは黒人が一番わかるはずという思い込みで、黒人評論家は語っているに過ぎない。
ドンが一瞬でも友情を感じた白人が、暗黒街に通じのちに「コパカバーナ」の支配人になるトニー・リップだったというわけだろう。
この映画はドン・シャーリーのセクシャリティも含めて、黒人にとっては不名誉なことも描かれている。そこに黒人のエスタブリッシュメントは噛み付いているのだが、それを気にせず二ヶ月付きっきりで尽くしたイタリア人用心棒の方が一枚上だ。
スタッフ
監督、脚本、プロデューサー ピーター・ファレリー
脚本、プロデューサー ニック・ヴァレロンガ
脚本、プロデューサー ブライアン・カリー
撮影 ショーン・ポーター
音楽監修 トム・ウルフ、マニシュ・ラヴァル
音楽 クリス・バワーズ
キャスト
用心棒トニー・リップ ヴィゴ・モーテンセン
ドン・”ドクター”・シャーリー マハーシャラ・アリ
妻ドロレス リンダ・カーデリーニ
チェロ奏者オレッグ ディミテル・D・マリノフ
ジョニー・ヴェネーレ セバスティアン・マニスカルコ
ベース奏者ジョージ マイク・ハットン
レコード会社役員 P・J・バーン
ジョー・ロスクード ジョー・コルテーゼ
ジュールス・ポデル ドン・スターク
ネタばれ
ドクターは雪道をずっと運転して、何とかクリスマスに間に合わせた。トニーに礼を言って別れ、ドクターはカーネギーホール近くのアパートに帰っていく。
ドクターは、クリスマスの夜にふと気づくと孤独だった。ふと思い立ってトニーの家を訪ねる。トニーは驚いた顔を見せるが、笑顔で彼を受け入れる。妻ドロレスは小声でお手紙ありがとうと言う。