無名俳優だけで作った職人監督リチャード・フライシャーによる傑作フィルム・ノワール。71分に凝縮された、濃厚な伏線だらけの映画である。
原案はマーティン・ゴールドスミス、ジャック・レナードの共作「Target」で、アカデミー賞原案賞にノミネートされた。アール・フェルトンが脚色し、美しい白黒撮影はジョージ・E・ディスカントが担当。
主演はチャールズ・マクグロウ。共演はマリー・ウィンザーとジャクリーヌ・ホワイト。白黒映画。
あらすじ
ブラウン刑事とフォーブス刑事は贈収賄事件の検察側証人ニール夫人をシカゴからロスまで護衛することになった。彼女の夫がマフィアに殺され、夫が遺した贈収賄リストを彼女が握っているからだ。ニール夫人が部屋から出てきたところをマフィアが狙撃し、かばったフォーブスが射殺される。マフィアは逃亡し、長年ペアを組んでいたブラウンは後事を地元警察に託して、ニール夫人と共にセントラル・パシフィック鉄道ロサンゼルス往き夜間特急に乗車する。長年バディだったフォーブズの死に、ブラウンは後ろ髪を引かれる思いだった。
列車に乗車するときに怪しい男ケヴィンにガンを付けられ。機嫌の悪いニール夫人を誰にも悟られぬように奥の部屋に押し込んで、ブラウンは食堂車で気を休める。たまたま同席したシンクレア夫人がブラウンを訝しむのでそそくさと部屋に戻る。
すると紳士風のヨースト氏が部屋を訪れる。彼は会社重役だったが、マフィアの一員であった。ヨースト氏はブラウンを買収しようとして、失敗する。
翌日、停車駅でサンドウィッチを買いに出るが、またシンクレア夫人と出会う。もはやブラウンを怪しむ様子はなく、打ち解けはじめた。シンクレア夫人は未亡人であり、息子と一緒に旅をしていた。
列車の出発後、ブラウンがはケヴィンに襲われる。逆にケヴィンを逮捕して鉄道公安官ジェニングスに引き渡すが、今度はジェニングスがケヴィンの兄貴分デンゼルに殴り倒されてしまう。
ブラウンは、マフィアがシンクレア夫人をニール夫人と勘違いしていることを察知して、シンクレア夫人に知らせに行く。その隙を突いてケヴィンと兄貴分デンゼルが部屋に押し入って偽ニール夫人を殺してしまう。荷物を探すと、彼女が内部監査局の婦人警官である身分証明が出てくる。実はブラウン自身が収賄を疑われていたのだ。
一方、ケヴィンが逃亡したことをシンクレア夫人に知らせに行くと、彼女はブラウンに対して自分こそニール夫人だと自己紹介した。贈収賄リストは既に郵便で検察庁に送ったそうだ。驚いたブラウンは偽ニール夫人の様子を見に行くと既に殺されていた。それからシンクレア夫人のところに戻ると、彼女はデンゼルらに捕われていた。ブラウンは、窓に映る姿を見て的を絞りデンゼルを射殺する。車外に逃亡したケヴィンもパトカーに緊急逮捕された。
雑感
蓮実重彦先生ご推薦の傑作B級ノワール。2年前に「蓮実重彦セレクション・ハリウッド映画史講義特集」としてシネマヴェーラ渋谷で上映されたそうだ。蓮実先生のフランス映画論は嫌いだが、B級ハリウッド映画の趣味はかなり良い。町山氏なんかとは格が違うよ。
セントラル・パシフィック鉄道のカナダ・ロサンゼルス間を往く夜間特急が主な舞台である。音楽は実際の鉄道の音を生録したものと、ニール夫人が持ち込んだポータブル・レコード・プレーヤーの奏でる音楽だけ。如何にも低予算映画だ。
原題 の”The Narrow Margin” を辞書で引くと「僅差」になるが、熟語の “by a narrow margin“ の「間一髪で、かろうじて」という意味の方が近い。名前だけ出てきてなかなか姿を見せないデンゼル(マフィア)と、ブラウンが賄賂によろめく危っかしさを表している。
そしてラストで、それまでの未亡人の態度の意味と、ブラウン自身が偽ニール夫人に疑われていたことがわかる。まさにどんでん返しだ。
俳優なんか無名でも演技がしっかりしていれば、十分なのだ。これと比べるとラストに何のひねりのない、リメイク作品「カナディアン・エクスプレス(原題 Narrow Margin)」は主演ジーン・ハックマンの人件費に予算の大部分を割いた分、出来はかなり落ちてしまう。
シンクレア夫人を演じたジャクリーヌ・ホワイトだけは見覚えのある人が多いだろう。過去にB級映画のヒロイン経験がある。実は前年に29歳で引退していて、夫が石油商を営むワイオミング州に引っ込んでいた。彼女は、実家のロサンゼルスに帰って第一子を出産した。その後、RKOに挨拶に行くと、幹部に一本だけ出ないかと誘われた。彼女はこの脚本を読み、出演を快諾したそうだ。
スタッフ
監督 リチャード・フライシャー
製作 スタンリー・ルービン
脚本 アール・フェルトン
原案 マーティン・ゴルドスミス、ジャック・レナード「Target」
撮影 ジョージ・E・ディスカント
キャスト
ブラウン刑事 チャールズ・マクグロウ
ニール夫人 マリー・ウィンザー
アン・シンクレア夫人 ジャクリーヌ・ホワイト
デンゼル ピーター・ヴァーゴ
アンの息子トミー ゴードン・ゲバート
トロル夫人 クイニー・レナード
殺し屋ケンプ デイビッド・クラーク
フォーブス刑事 ドン・ベドウ
でぶっちょジェニングス ポール・マクスリー