話題のアニメ映画作品だが、同時期に公開された「君の名は。」が理屈っぽくて、本家「君の名は」(松竹、1953、1954年) と比べても今一つの出来だったので、なかなか手が出せないでいた。
ところが、実際に見てみると、「君の名は。」が足元へも及ばないような素晴らしい作品だった。こちらを先に見ておけばよかった。
片渕須直監督はテレビアニメ「ブラックラグーン」の監督で注目されて、マッドハウス制作・松竹配給の「マイマイ新子と千年の魔法」を2009年に監督する。海外のアニメ映画祭で多数受賞するが、国内ではまったく人気が出なかった。そのため干されてしまう。ちょうど「マイマイ新子と千年の魔法」で協力してくれた方が「夕凪の街桜の国」のクリアファイルを持っていたことから原作者・こうの史代のマンガを読むようになり、彼女の漫画「この世界の片隅に」と運命的な出逢いをする。
こうの史代が片淵のファンであったことなどから、2010年から映画の企画が走り出す。しかし戦争映画のため、資金面で前に進まなくなった。2015年からクラウドファンディングで資金を集め、広島県民を中心に資金が集まり、ようやく制作開始が決定される。ただし当初の150分映画では無く、エキュゼクティブ・プロデューサーの丸山正雄は短縮版の120分映画として上映した。
60館あまりの小規模公開の形で封切られたが、規模を徐々に拡大して同時公開館数は300を越える。
ディレクターズ・エディションは、興行収入が10億円を越えたら制作に入ると前もって決めていたが、実際は20億円を突破した。従って、150分バージョンの「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が平成30年12月から上映される。
Synopsis:
前半は昭和19年あたり、主人公すずの目を通して呉の市民生活を淡々と描く。
すずは広島市内で兄と妹に挟まれて、絵を描くのが得意で妖怪を見る不思議な女の子だった。
兄が出征し、すずが18歳になると、呉市内の北條家から嫁にもらいたいと縁談話が舞い込む。全く知らない相手だったが、相手は知っているようで、一度会ったきりで祝言を挙げる。北條家には義父と夫周作は軍関係の仕事をしていて、母は優しい人だが病みがちだった。そのかわり、婚家で夫と死に別れ息子だけ置いて、娘と実家に帰ってきた義姉径子がいて、厳しく躾けられる。すずは円形脱毛症になるが、夫周作に支えられ、持ち前の明るさのため姪の晴美が懐いてくれた。
昭和20年から軍港である呉への空襲が酷くなる。義父が工場で空襲に遭い入院したので、晴海を連れてすずは見舞いに行く。その帰りに空襲に遭い、晴海とともに防空壕に逃げ込む。周りはひどい爆撃を受けたが、二人は何とか無事で防空壕を出る。ふと晴美に引かれて海を見に行くと、敵が落とした時限爆弾が爆発する。
晴海は亡くなり、すずも絵を描く方の右手を吹っ飛ばされた。7月に入り連日、焼夷弾が落とされるようになり、けが人であるすずは居たたまれなくなり、広島の実家へ帰ろうかと悩む。8月6日、呉の病院へ通う日、径子についに許してもらい、呉に残ることを決心したその時、広島に原子爆弾が落とされ、呉まで光と地震が伝わってくる。ラジオは鳴らなくなり、広島の実家とは連絡が取れなくなる。
その後、長崎にも原子爆弾が落ちて日本は戦争に負ける。そして少しずつ日常を取り戻していく。広島の父母は亡くなり、妹は生きていたが原爆症に苦しんでいた。亡くなった人は帰ってこないが、新しく家族に加わったものもいた。広島のベンチで周作とすずが握り飯を食べていると、ヨーコという孤児が近付いて来てなぜか懐く。晴美に感じの似たヨーコの見窄らしい姿を見て、二人は呉まで連れて帰る。
エンディングではヨーコが北條家の養女となり、成長して行く姿が描かれる。
Impression:
さすがに、芸能プロダクションが、のん起用について散々ケチを付けられても、一般映画に混じりながらアニメでキネマ旬報日本映画ベストテン第1位に輝いた作品だった。評論家ヅラした連中で批判しているのもいるが、はっきり言って的外れである。
意外なほど、呉の昭和19年は穏やかだった。日常は平穏だった。人々は身内の戦死でしか戦争を感じていなかった。したがって、ほぼいつもどおりの日常が描かれる。すずは絵を描く力が備わっていたから、何事も乗り越えることができた。
ところが晴美と右手を失って、北條家にいる意味を失ってしまう。ここからが本編である。広島の実家が原爆でやられ、周囲の女たちは何の感慨もなく玉音放送を聞いて敗戦を納得する。しかし径子は亡くした晴美のことを思い出して隠れて泣き、それを見たすずも抑えていた様々な感情が爆発する。
ここまでが怒涛の展開だった。その後の構成がさらに素晴らしかった。
暗かった北條家にもう一度生きたいという気を起こさせる事件が起きる。ヨーコの登場だ。
子供がいると家庭に灯りがついたように明るくなることを実感した。
ひとつだけ分からなかったのは、小野大輔演じる哲が帰還したところへすずは居合わせたのに、何故声をかけなかったか。命からがら生きて帰って来たんだから、挨拶ぐらいしたって良いじゃないか?
解釈はいくつかあるが、呉で一夜を共にして別れたときに互いのことは思い出として忘れる決心をしたのか、広島に帰ってきても家を失った人と関わっても面倒と思ったのだろうか。
その点については、ヨーコも同様だが、彼女の場合は家なき子だったから良いのであろう。
Staff/Cast:
監督 片渕須直 (ブルーリボン監督賞)
脚本 片渕須直
原作 こうの史代 『この世界の片隅に』
製作 真木太郎
製作総指揮 丸山正雄
音楽 コトリンゴ
主題歌 コトリンゴ「みぎてのうた」
撮影 熊澤祐哉
編集 木村佳史子
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声の出演
のん(能年玲奈) 北條すず
細谷佳正 北條周作(夫)
尾身美詞 黒村径子(義姉)
稲葉菜月 黒村晴美(姪) 子役
小野大輔 水原哲(幼なじみ)
潘めぐみ 浦野すみ(妹)
岩井七世 白木リン(遊郭の女)
牛山茂 北條円太郞(義父)
新谷真弓 北條サン(義母)
澁谷天外(特別出演) 交番の巡査
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この映画も主要な役の声は女優を配している。
「のん」こと能年玲奈は事務所から独立したために、本名を名乗ることすら許されず、独立騒動が起きていた最中に、この声優の仕事と出会い、自分のキャラクタを生かして見事な復活を遂げた。
径子役の声を演じた尾身美詞も劇団青年座に在籍する舞台女優だ。美人ではないが、れっきとした元キャンディーズのアイドル藤村美樹(ミキ)の娘である。初めは戸惑っていて最もアニメらしくなかったが、次第に順応していった。
脇役は広島県尾道市出身の細谷佳正をはじめとして、声優か声優経験が豊富な俳優を起用した。方言指導は出演者の新谷真弓(広島市出身)と栩野幸知(呉市出身)が行っている。