「ジークフェルト・フォリーズ」ものとして何本か撮られたが、その一作。
フローレンス・ジークフェルトが既に亡くなっていたが、借金を多く残したので、遺族が返済するために権利を切り売りしたのだ。
主演はジュディ・ガーランド、ラナ・ターナー、ヘディ・ラマーの三人。相手役はジェームズ・スチュアート、ジャッキー・クーパー・フィリップ・ドーン。他にエドワード・エヴァレット・ホートン
監督は「巨星ジークフェルト」を撮ったロバート・Z・レオナード、舞踏監督にバスビー・バークリー
白黒映画で、国内公開は1947年7月。

あらすじ

17歳スーザン・ギャラガーは老いた父と「ジーグフェルド・フォリーズ」に出演するのが夢だった。しかし父は不合格、スーザンだけが合格しショーガールとなる。サンドラもショーガールに採用されるが、ヴァイオリニストの夫フランツは不合格になり拗ねて家を出てしまう。また恋人ギルバートがいるエレベータ・ガールのシーラ・リーガンもデパートで声を掛けられショーガールに合格する。
ギャラガーは、シーラが金持ちのジェフリーからチヤホヤされて自分から気持ちが離れていくことを悲しみ、酒の密売に手を染める。スーザンは芸達者の父が不遇なことを悔しかったが、やがてレッスンに通い始め、シーラの弟ジュリーを好きになる。
新しい「ジーグフェルド・フォリーズ」も舞台が開幕した。ショーは好評で巡業に出る。そこでサンドラは歌手フランク・マートンに愛を告白され、大いに迷う。しかし彼女はマートンの妻と会い、互いに夫への愛を再確認する。
ギルバートともジェフリーとも別れたシーラは酒浸りの生活をするようになり、アル中になってしまい舞台をしくじる。
スーザンだけが歌手の天分を発揮してスターとなる。サンドラはフランツにチャンスを授けたいと思い、友人に頼み込み、コンサート・マスターを交代してもらう。そしてスーザンの父ポップも、アル・シーンを相棒にフォリーズ幕間のコメディに出演し、好評を得て、スーザンとジュリーの結婚を(5年後だが)許す。フランツの演奏を見守ったサンドラは家庭に戻る。病に倒れたシーラをギルバートは介護するが、シーラは死を覚悟してフォリーズの舞台を見に行ってしまい、そこで倒れサンドラ、スーザンに見守られ亡くなる。

主な音楽

今まで以上に綺麗だよ」You never Looked So Beautiful Before ジュディ・ガーランドが前作「巨星ジークフェルト」のラストでヴァージニア・ブルースが歌ったように今回もフィナーレで歌った。
Minnie from Trinidad ジュディ・ガーランド
I’m Always Chasing Rainbows ジュディ・ガーランド、チャールズ・ウィニガー(父娘のデュエット)
You Stepped Out Of a Dream トニー・マーチン、ラナ・ターナー(ハミング)

雑感

ドラマ部分はラナ・ターナー(享楽的)とヘディ・ラマー(保守的)の対照的な生き様を描き、誰もが可愛いだけでスターになれるわけでないと厳しく描写する。そして明るいミュージカル部分はジュディ・ガーランドと歌手トニー・マーティンが受け持つという二重構造になっている。
ラナ・ターナーは1939年からMGMのB級映画主役級の扱いだったが、この作品ではファム・ファタルである。俳優リストの序列ではジェームズ・スチュアート、ジュディ・ガーランド、へディ・ラマーの次の扱いだが、実質的には主役だった。

バスビー・バークレーはダンス監督を務めていたが、ずいぶん大人しくなっていて、1930年前半のような女性たちが円陣を描いたり、ローアングルを多く採用することはなかった。

ジェームズ・スチュアートの扱いがモブに毛が生えた程度だ。「フィラデルフィア物語」でアカデミー主演男優賞を受賞したばかりなのに、あまりに扱いが軽い。これは授賞式が1941年2月だったが、この映画の撮影が受賞前(1941年1月)だったからだ。彼は同時期にユナイテッド・アーティスツでも一本映画を撮影していて、恋人役のラナ・ターナーが最後に死ぬことに変わったことを知らされていなかった。
さらにジミーは自ら陸軍に志願していて、2月にオスカーをもらった後、さっさと陸軍航空隊に入隊した。戦時中に大佐にまで昇進し、戦後も予備役として籍を残していたので最後は少将にまで出世した。

へディ・ラマーはオーストリア出身のユダヤ系だがカトリックに改宗した女優で発明家。黒髪で真ん中分けという日本男子にも受ける髪型だった。ヴィヴィアン・リーと同じだがラマーが真似したわけではない。彼女の方が女優として先輩だ。
オーストリア時代は1933年に世界初の芸術的ポルノ映画「春の調べ」(本国のタイトルはエクスタシー)に主演するが、世界各国でカットされてその真価を伝えられなかった。教会の批判を避けるためオーストリアの「死の商人」と結婚し、ドイツ、イタリアの政治家や技術将校に知己を得て、武器の話を聞いているうちに完全に理解してしまう。結婚が破綻して、パリでルイス・B・メイヤーの誘いを受けてアメリカに移って女優を始める一方、現代音楽家ジョージ・アンタイルと知り合った。この映画の後、二人は周波数が合ったのか、電波誘導している魚雷が敵からも妨害電波によってコースを外されることについて議論していた。そこで二人は周波数を高速で切り替えること(専門用語で「周波数ホッピング」と呼ぶ)により敵の妨害電波を回避することを発見し、共同特許が認められる。ファシスト嫌いなラマーは、米海軍にその特許を譲渡したかったが、特許内容はピアノロール12台を使う仕組みだったのでとても艦船に載せられない。米海軍にはそんなことより慰問に来ていただく方が助かりますと説き伏せられる。こんな映画にも戦争が影を落としていた。

特許権が20年経って無効になってから、すぐキューバ危機が起きたが、もっと簡便な実現方法が見つかっていて、海軍駆逐艦に実戦配備された。現在この基礎理論はスマホのWIFIのノイズ対策として応用されている。今生きていたら二人ともノーベル賞をもらっているだろう。

スタッフ

監督 ロバート・Z・レオナード (巨星ジークフェルト)
製作 パンドロ・S・バーマン
脚本 マーガリット・ロバーツ 、 ソニア・レヴィーン
原作 ウィリアム・アンソニー・マクガイア
撮影 レイ・ジューン
舞踏監督 バスビー・バークリー

キャスト

運転手ギルバート  ジェームズ・スチュアート
少女歌手スーザン  ジュディ・ガーランド
ショーガールのサンドラ  ヘディ・ラマー
シーラ・リーガン  ラナ・ターナー
歌手フランク  トニー・マーティン
シーラの弟ジェリー  ジャッキー・クーパー(チャンプの息子役、クリストファー・リープ「スーパーマン」の編集長)
裕福なジェフリー・コリス  イアン・ハンター
スーザンの父ポップ  チャールズ・ウィニンジャー
ジークフェルトの弟子セイジ氏  エドワード・エヴァレット・ホートン
ジークフェルトの助手ジョン・スレイトン  ポール・ケリー
サンドラの夫フランツ・コルター フィリップ・ドーン
パッツィー・ディクソン  イヴ・アーデン
ポップの相棒アル   アル・シーン
ミルシャ  フェリックス・ブレサート

美人劇場 Ziegfeld Girls 1941.4 MGM製作・配給

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