実際に起きたロンドン連続婦女殺人事件リチャード・フライシャー監督が描く。主演は犯人役のリチャード・アッテンボロー

邦題はタイトル詐欺みたいな作品で、ミュージカルやベンチャーズと何の関係もない。正しくは「リリングトン街10番地の殺人」と訳すのが正しい。

1949年に映画の基になったエヴァンス事件が起きた。エヴァンスは妻子に対する殺人で死刑となったが、それは冤罪とだったのだ。
この映画は、実際にその事件があった場所を使って撮影している。

 

 

Synopsis:

クリスティは戦時中予備軍警察官として真面目に活動しながら、隣家に住む女性を殺して屍姦していた。用の済んだ死体は裏庭に埋めていた。

戦後になり、1949年にアパートに文盲のティモシーベリルエヴァンズ夫妻と幼子という新しい入居者が入った。クリスティは何かと世話を焼いたが、その裏でどうやって細君ベリルを襲うか計画していた。

ある日、ベリルが二人目の子どもを妊娠してしまい、クリスティは人工中絶の相談を受ける。クリスティは医学の心得がある振りをして無免許の人工中絶施術を承諾する。翌日、ティモシーが帰宅すると、ベリルは麻酔による事故で亡くなっており、このままでは夫も訴追される恐れがあるとクリスティは嘘を吐いて田舎へエヴァンズを逃がした。

その間、赤ん坊を世話する約束をしたクリスティだが、無慈悲にも殺して物置の奥に隠す。数日後、ティモシーは良心の呵責に苛まれ自ら警察の出頭するが、ティモシーの証言は二転三転し、二人の遺体が発見されると、犯行を認めてしまう。

裁判でティモシーは犯行を一切否認しクリスティーの犯行を主張するが、文盲の上知的障害を持っていたため、陪審はティモシーに対して有罪を判断する。精神鑑定でも問題は無く、死刑が執行される。

 

 

その後、1953年にアパートの管理人クリスティが生活能力を失い引っ越した後、彼が犯人である証拠が部屋から発見され、有罪となり死刑になる。既に死刑になったエヴァンズの名誉が回復されるまでさらに10数年を要した。さらにその後イングランドで度重なる冤罪事件のため、死刑制度の廃止が決定された。

 

この映画は日本の実録もの(「仁義なき戦い」など)と違い、音楽を抑えて淡々と冷酷に犯行からティモシーの死刑執行までを描いている。一方クリスティー被告はと言うと取り調べシーンも裁判も死刑執行も描かれない。そうすることで悲劇の重大さを描いているのだ。リチャード・フライシャー監督の名演出だ。

 

この映画のテーマは連続殺人と言うより、冤罪事件である。これらの冤罪の構造は日本や諸外国と共通する部分がある。
それは判事や検事の偏見、弁護人の無関心、被告が社会的弱者(エヴァンス事件の場合、被告は文盲であり知的障害者だった)であることなどだ。

 

リチャード・アッテンボローは、冷酷無比な犯人役を演じている。実際の犯人を真似てほぼ丸禿になっていた。一方、ジョン・ハートは1940年の生まれで、実年齢で30過ぎていたが、知的障害者役を熱演している。

 

日本でも戦後混乱期に実は冤罪だったかも知れず、長期間にわたって死刑を執行出来ないまま死刑囚が病死した帝銀事件があった。戦争直後は命の重さが軽く感じられていたのだろう。
また1951年に八海事件が起きて、真犯人が刑を軽くするため大量に共犯として冤罪者が発生した。この事件に関しては映画「真昼の暗黒」が上映されたことに後押しされ社会問題となる。しかし、上映することでかえって最高裁が意固地になったこともあり、無罪を勝ち取るまで実に17年を要した。

 

 

 

監督: リチャード・フライシャー
製作: レスリー・リンダー 、マーティン・ランソホフ
原作: ルドヴィック・ケネディ
脚本: クライヴ・エクストン
撮影: デニス・N・クープ
音楽: ジョン・ダンクワース

 

 

出演:
リチャード・アッテンボロー  (クリスティ)
ジョン・ハート (ティモシー・エヴァンズ)
ジュディ・ギーソン (ベリル)
パット・ヘイウッド (エセル・クリスティ)
イソベル・ブラック (アリス)

 

 

10番街の殺人 (10 RILLINGTON PLACE) 1971 イギリス製作 コロンビア配給 意見をはっきり言えない社会的弱者は冤罪犯にされる

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