(◎★)原題は、「生き返った鯉」と言う意味。
第39回モスクワ国際映画祭観客賞を受賞したヒューマン・ドラマ。年金暮らしの元教師エレーナは突然、病院で余命宣告を受ける。都会で一人暮らしをして忙しい息子に心配させないように、彼女は終活を突然始める・・・。

監督はウラジミール・コット
主演は映画女優マリーナ・ネヨーロワ
共演は大女優アリーサ・フレインドリフと息子役のエヴゲニー・ミローノフ

第16回ウラジオストク国際映画祭観客賞、第17回ゴールデン・イーグル賞助演女優賞アリーサ・フレインドリフ)なども受賞した。カラー映画。
国内配給したエスパース・サロウは、左翼系の新日本映画社の海外映画輸入部門である。

ストーリー

老人とアル中しかいない田舎町に暮らす73歳のエレーナは、村に一つだけの学校で教職に就き、定年後は年金生活を送っていた。彼女には滅多に顔を見せないひとり息子のオレクがいた。
彼女はある日、病院で医師をしている教え子から突然の余命宣告を受ける。その帰り道、教え子の一人が酔って、鯉を釣っていた。教え子は生きたままの鯉を彼女に譲る。
その夜、彼女は倒れて、隣人で親友のリューダが救急車を呼んでくれる。翌朝、病院にオレクが迎えに来た。彼は忙しくて、母を家まで送ると都会で仕事があると言って帰った。

息子には甘えてられぬと、彼女はひとりで「終活」を始める。まず埋葬許可書を手に入れるため役場を訪れるが、女性職員は「死亡診断書が必要です」と言う。考えてみれば当然のことだ。
そこで、教え子のセルゲイが勤める遺体安置所に行き、事情を説明して死亡診断書を手に入れる。エレーナは役場に戻って埋葬許可証の発行手続きを済ませ、葬儀屋で真っ赤な棺を買って帰る。

翌日、エレーナは墓地へ行き、夫の墓の隣に自分の墓穴を掘ってもらう。そしてリューダの息子パーシャにサイドカーに乗せてもらい、雑貨店で通夜での食事材料の買い出しをする。
しかしパーシャからリューダに終活のことが漏れてしまう。全てを察したリューダは、ふたりの友人とともに料理を手伝う。リューダが帰ってしまうと、亡き夫との思い出が詰まった「恋のバカンス」を掛けて死化粧する。
しかし、夜になっても死ねない。彼女はリューダを叩き起こして、自分を殺してくれるように頼む。リューダは飲まなきゃやってられないよと言って、二人で通夜用の酒を開けて飲み始める・・・。

雑感

久しぶりのロシア映画だが、なかなか面白く、深く考えさせられることがあった。
息子オレクは、田舎に残ってナターシャと一緒に暮らすことが夢だった。しかし、インテリであるエレーナにとって、酔っ払いと老人しかいない田舎に有能な息子を縛り付ける事などできなかった。ナターシャがアル中になったと言うことは、その親もアル中だったのだろう。だから、息子を都会に手放したことに後悔はない。こういう老後の孤独な生活も自らが選択した道だった。

どの国でも同じような映画はあるが、日本映画では必ず母親が一人になると必ず涙を見せたり弱音を吐く。そこで観衆も泣いてしまう。しかしロシア人はその点に関して、根性が座っている。「モスクワは涙を信じない」(泣いたところで誰も信じない、と言う意味)だ。でも、一人でいると死ねないものだが、息子が近くにいると安らかに死ねるのは、よくわかるような気がする。

主演マリーナ・ネヨーロワは上映当時70歳だったが、ブレジネフ書記長末期に30歳で主役級スターになった。この映画は久しぶりの出演で、かなり年上に見えるメイクで頑張っていた。
助演アリーサ・フレインドリフは上演当時80歳。舞台出身で70年代から本格的に映画やテレビに進出している。何よりタルコフスキーの「ストーカー」にストーカーの妻として出演しているのだ。日本人でいえば、岸田今日子か加藤治子級だろうか。
アリーサもマリーナも、革命前にソ連人民芸術家勲章を授けられている。

1963年に宮川泰が作曲してザ・ピーナッツが歌った「恋のバカンス」がソ連でも知られた歌だとは聞いていたが、これほど愛されているとは思わなかった。モスクワ放送の東京特派員が気に入り、ソ連に持ち帰り1965年に早くもニーナ・パンデレーエワによってカバーされた。そしてソ連映画「やさしさ」の挿入歌として使われて大ヒットする。さらに世代毎にカバーされ直してヒットするため、誰もが知っているのだ。

 

スタッフ

監督  ウラジーミル・コット
脚本  ドミトリー・ランチヒン
撮影  ミハイル・アグラノヴィッチ
製作  ニキータ・ウラジーミロフ
主題歌  「恋のバカンス」(ロシア語カバー)

 

キャスト

エレーナ  マリーナ・ネヨーロワ
リュドミラ(リューダ)   アリーサ・フレインドリフ
オレク(息子)  エヴゲニー・ミローノフ

役場の女性職員   ナタリヤ・スルコワ
検死医セルゲイ  セルゲイ・プスケパリス
パーシャ(リューダの息子)  アントン・シピニコフ
スヴェータ  タチアナ・トゥゾワ
ナターシャ(オレクの昔の恋人)  オリガ・コジェヴニコワ
ワレーラ  アルチョーム・レシチク

***

やがてエレーナは酔い潰れて寝てしまい、リューダは再び家に戻る。そこへオレクが帰る。母親が死化粧をしているので、遅かったと言って泣き出す。ところが、母はアルコール臭い息をしてどうしたと起き上がる。驚いたオレクは、車のキーを鯉が住んでいるタライに落として鯉に飲み込まれる。車の中には、携帯があり、携帯が無ければ都会と連絡が取れない。
翌日、獣医を訪ね、鯉に香辛料を与えると吐き出すと言う話を聞き出す。そこで雑貨店に行き、香辛料を大量買いする。ところが、ホームレスのナターシャ夫妻に出会う。ナターシャは、オレクが学生時代に惚れていた女だった。オレクは本心で都会に出たいわけでなかった。母がナターシャとの付き合いを止めさせたため、オレクは居た堪れず都会の学校に進学したのだ。しかし、そのトラウマをオレクは今も持っていて、女性との恋愛はいまだに上手くいかない。
家で香辛料を鯉に飲ませても、何も吐き出さない。オレクはイライラして、昼飯時に母に対して思っていることを初めて吐き出した。言うだけ言うと、スッキリした。オレクは、タバコを探していて家族アルバムを見つける。そこには、オレクの写真ばかり貼ってあったが、母の若く美しい頃の写真が数枚混じっていた。やがて携帯に縛られた生活が嫌になり仕事を休んでも良いと考え、夜に鯉を池に放しに行った。そのついでに夜の池で思い切り遊ぶ。
オレクが濡れて帰ると、母は眠るように死んでいた。

 

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