何の気なしに見ていたが、最後には泣いてしまった。
はじめは名も無い小市民が起こした小事件を描くつまらない映画と思ったが、途中から労働争議がらみの共産党映画かと思い、最後になって実は山本有三風の感動作だと気づく。
吉永小百合、山口百恵といったアイドル映画の巨匠西河克己の日活第一回監督作品だそうだ。
曽根鉱山経理課に勤める民子は、賞与支給日にある社員の賞与を1万円少なく詰めてしまう。
その人は自ら申し出たが、現金残高を調べると誤差はなかった。
すると誰かの袋に1万円多く入れたことになるが、誰も申告してくれない。
結局、民子が責任を取って1万円を弁償した。
靖一郎はその夜、賞与を見て1万円多いことに気づく。
一度は会社へ出向き返そうと思うが、弟令二の学費を滞納させていた靖一郎は、結局ねこばばしてしまう。
良心の呵責に悩む彼は民子を呼び出して真実を語ろうとするが、友人の恵美がお見合いと勘違いしたため、何も言えなかった。
そして、デートを重ねる内に彼は民子を愛してしまった。
ところが民子は社長の息子夏樹に秘書として抜擢され、そのうえプロポーズまでされてしまう。
靖一郎はその事態に至っても、民子に何も言えない。
正義漢の強い弟令二が真相に思い当たって兄を詰問しているところを民子に見られて全ては露見する。
令二は春から曽根鉱山に就職して北海道の炭鉱に行かされる。
彼は大学卒の社員なのに組合活動にのめり込み、ストライキを先導する。
結局、ストは妥結するが、令二は会社に全責任を取らされて会社に辞表を提出する。
最後に令二は交渉相手だった夏樹と社長のもとに乗り込み、兄と民子の仲を割こうとする夏樹の横暴をぶちまける。
しかしそこで顔見知りの老人遠藤から意外な真実を聞くことになる。
西河は松竹大船の助監督時代からシスター映画(併映用の中編映画)の監督をしていたが、長編映画の監督はこれが初めてだった。
松竹はそれだけ層が厚かったのだ。
しかし長編第一作で、こんなに難しい作品を撮るとはただ者ではない。
山本有三の未完の大河小説を黒澤映画の名脚本家橋本忍が脚本化して、さらにそれを監督の西河自身が脚色しているそうだ。
山本有三は「路傍の石」もそうだが途中で作品を投げ出す癖があるようだ。
橋本、西河脚本はそれを見事に完結させている。
この原作は映画になるべくして生まれてきたのだ。
クレジット順での主役は三國連太郎だが、この映画にはっきりした主役はいない。
しかし群像劇でもない。
それぞれがはっきりとした存在価値を持っている。
「生きとし生けるもの、いづれか歌を詠まざりける」(紀貫之、古今和歌集仮名序)
原作の題名に当てはまるように、監督は一人一人を丁寧に描き分けている。
三國連太郎はしがない労務担当のサラリーマン役で、最後まで優柔不断だ。
いつもの三國なら爆発しそうなものだが、今回は押しが弱くて一切控えめである。
だけど最後には、そんな自分の殻を打ち破りたいと思う。
社長役の山村聰は息子に厳しいようでいて寛大な父親を演じ、一方その息子役の山内明は若くてとんがった野心を抱く資本家である。
三國と山内にはさまれた民子役の南寿美子は結局三国が決意するのを待ち続けるつもりだ。
あき子役の東谷暎子は山内を愛し、彼の心が民子から自分に向く日をいつまでも待っている。
若き日の北原三枝は勝ち気でしっかり者だが、彼女さえ勘違いしなければこんな事態には至らなかった。
笠智衆は何故日活映画に出ているのかわからなかったが、実は社長と弟をつなぐキーパーソンであり最後に一番美味しいところを独り占めしてしまった。
ほかにも轟夕起子、村瀬幸子、宇野重吉が顔を出す。
組合運動に挫折する弟役の三島耕(「太陽の季節」)を監督は重視していたのではないかな。
この頃の三島耕は筋は通っているが思い通りにならずやけになる青年役がぴったりだ。
兄に変わって不平不満を山内にぶつけるが、最後に笠智衆に「若者がいつまでも後ろ向きになるな」とやんわり諭される。
世の中も組合運動、社会主義運動全盛期から朝鮮戦争が始まり神武景気、岩戸景気へと移っていった。
そういう時代の曲がり角の映画であった。
若い女優三人のうち北原三枝以外の南寿美子(「月がとっても青いから」)と東谷暎子(「太陽の季節」)をよく知らない。
二人とも日活映画には出ていたが、東谷は60年代にはもうスクリーンから消えたようだ。
南は主役を演じたこともあるが、ロマンポルノでもバイプレーヤーとして出演していた。
二人とも好みなのだが、日活のアクション映画には合わなかったのだろう。
監督 西河克己(吉永小百合版と山口百恵版の「伊豆の踊子」)
脚色 橋本忍(「羅生門」) 西河克己
原作 山本有三 (「路傍の石」)
製作 岩井金男
撮影 高村倉太郎
出演
山村聡 (社長・曾根周作)
山内明 (その息子・曾根夏樹)
東谷暎子 (息子を愛する香取あき子)
轟夕起子 (社長の相談相手・南ゆき子)
三國連太郎 (優柔不断な伊佐早靖一郎)
三島耕 (正義漢の弟・伊佐早令二)
南寿美子 (兄を愛する菅沼民子)
村瀬幸子 (民子の母さと)
北原三枝 (社長秘書八代恵美)
笠智衆 (遠藤老人)

生きとし生けるもの 1955 日活

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