市川崑監督×石坂浩二で1976年に公開され大ヒットした横溝正史原作ミステリーを市川崑監督により30年ぶりセルフ・リメイクした。
監督はどういう心境の変化で敢えて一度作ったものを、30年も経って同じ主役で再生するのか。
新キャストとして松嶋菜々子や、深田恭子が出演し、物語に華を添えている。

今回も市川崑は脚本にタッチしているが、「八つ墓村」同様に筆名は市川崑であり、久里子亭ではない。体力的に無理だったのだろう。

主演石坂浩二、松嶋菜々子、富司純子、その息子尾上菊之助、深田恭子。市川崑監督の遺作である。

あらすじ

昭和24年犬神製薬創立者犬神佐兵衛死去した。数ヶ月後、金田一耕助は古館弁護士の事務員若林から依頼を受けて、信州那須へ出向いた。旅館についたのも束の間、野々宮珠世が溺れかけ、それを助けて旅館に帰ってくると、若林が毒殺されたのである。

ところが犬神家では次女竹子の息子佐武、三女梅子の息子佐智がいるが、長女松子の一人息子佐清が戦地ビルマから帰ってくる。犬神家では親族が揃わなければ遺言状を開くことができなかったため、それまで遺言を見ることさえ許されなかったが、これで公開が認められる。ところが佐清がマスクを被ったまま出てきた。戦争で顔面にひどい火傷があるそうだ。遺言状は開かれたが、一同は唖然とする。野々宮珠世が佐清、佐武、佐智という三人の従兄弟の中から見いだした夫に全額相続するというのだ。その頃、謎の復員兵が旅館に宿泊する。
翌日佐武、佐清は出征前に神社に奉納されていた手形を持ち出して、佐清の手形を取って比べることを申し入れる。松子と佐清は拒絶し、自室へ去る。

その夜、珠世を佐武が襲うが下男猿蔵が珠世の貞操を守る。ところが翌朝、佐武の生首が菊人形に飾られていた。やがて胴体は湖から発見される。
突然、佐清が手形を押すことを了承して、その手形を鑑識提出するが、出征前に神社に奉納された手形に一致した。
佐智は珠世をクロロホルムで眠らせて犯そうとするが、復員服の男が突然現れ佐智を叩きのめす。その上で猿蔵に電話を掛けて珠世を保護するように伝える。
ところが佐智は屋根の上で首を絞められて殺されていた。捜査線上に松子、竹子、梅子に恨みを持つ、佐兵衛の忘れ形見である青沼静馬が急に上がる。

金田一耕助は野々宮神社の大山神官に佐兵衛と野々宮珠世の関係を問うと、意外な答えが返ってきた。佐兵衛は神主野々宮大弐と男色関係にあったが、同時に大弐の処女妻晴世と関係を持ち、女子をなしたのだ。その女子の娘が珠世である。すなわち佐兵衛の孫にあたる。

翌日今度は湖に硬直した足だけ突き出して逆立ちした佐清が発見される。警察は佐清の司法解剖を行い、これが佐清本人でないことがわかった。実は佐清は旅館に泊まっていた復員服の男であり、佐清と名乗っていた醜い男が青沼静馬だったらしい。その時、犬神家で復員服の佐清が逮捕された。彼は佐武、佐智、静馬の殺人を自供する。ところが若林殺しのときに彼はまだ内地の土を踏んでいない。

金田一耕助は、松子を訪問する。そして若林を含めた殺人犯人を松子と指名し、「佐清が全てを自供している、あなたの身代わりとして」と言った。そこで松子は一気に落ちた。
松子は犯人だが、静馬或いは佐清が事後共犯だったため、見た目が複雑になっていたのだ。松子はタバコを一服吸う振りをして、毒を飲み、最後に珠世に「佐清が刑期を終えるのを待ってやって」と言ってこの世を去る。
事件を終えた金田一耕助は、古館、珠世やはるの見送るというのを固辞して、一人立ち去るのであった。

雑感

この作品内容は、前作脚本を基にしているので、原作小説よりも前作映画に非常に近い。原作では青沼菊乃は生きていて松子の近くにいるのだが、前作映画とこの映画では既に亡くなっている。犬神家の家業が養蚕業でなく製薬業であり、松子の母(お園)が生存しており、旅館の女中はるが助手的な立場で活躍するのも、前作映画で変更した点をこの作品が踏襲している。ただし女中はるは、深田恭子より前作坂口良子の方がはるかにうまかった。
恐らく、前作制作時に横溝正史に直接了解を取った変更点を市川崑監督は今回も律儀に守ったのだろう。

上映時間もかなり前作が長かった。佐清のマスクを作る回想シーンや、珠代が佐智に半裸に剥かれるセクシーシーンそのほか脇役俳優の見せ場シーンをカットしたからだろう。ただ上映時間が短くなっており、クライマックスの時間は変わらなかったので、逆算すると、クライマックスまでの時間が短くすぐ答合わせをしてしまった気分だ。

すなわち前作と比較してこの作品は、例えば、ミステリーやグロテスクさは抑えて、母子の情や行き違いにややウェイトを置いた配役や演出をしている。ところが前作での元祖歌う映画女優高峰三枝子と元祖ジャニーズあおい輝彦の母子関係は妙なことに、富司純子尾上菊之助という実の母子より深い絆を感じてしまう。尾上菊之助は歌舞伎のように型を持った演技は得意だが、フリーの演技は苦手らしい。
撮影も前作の長谷川清のしつこい程のカメラの切り替えはカットされたのか、今作の五十畑幸勇のカメラは淡白に見える。
主題歌はどちらも大野雄二作曲「愛のバラード」だ。前作の劇伴音楽は大野雄二が担当して統一性があったのだが、今作の劇伴音楽は詩人谷川俊太郎の息子谷川賢作担当でやや違和感があった。

現代人には何故母親が息子を、顔が焼け爛れているからといって、5年程度離れていたぐらいで区別がつかないのかと笑うだろうが、戦争でしかもあの酷いビルマ戦線(インパール作戦)に従軍していたら、人が変わっても仕方はないと母親は考えたのだ。その辺りは平和ボケしている世代には通じないかもしれない。

さてこの作品は市川崑縁の俳優が集う同窓会になっている。

前作と同じ役を演じているのは金田一耕助=石坂浩二、署長=加藤武、神官=大滝秀治の3名。ただし加藤武の役名は原作通りの橘署長から今作で等々力署長に変わっている。三人とも30歳も年をとってしまい、この違和感はメイクだけではどうにもならない。石坂浩二は50代の金田一耕助として演技したそうだ。

また違う役で再出演しているのは、三條美紀(竹子ー>お園)、草笛光子(梅子ー>琴の師匠)。
前作に出演しながら公開時に既に亡くなっていた俳優は、高峰三枝子、小林昭二、原泉、小沢栄太郎、三木のり平
岸田今日子は今回の封切日翌日に亡くなった。
今作出演者の中で昔、市川崑監督の下でよく出演していた、いわゆる市川組の俳優は、前作出演者のほかに岸部一徳、中村玉緒、中村敦夫、仲代達矢、石倉三郎、尾藤イサオら。

このように市川崑監督は完全に遺作のつもりで映画を作った。そして本当に遺作となった。

スタッフ

監督 市川崑
原作 横溝正史
製作 黒井和男
プロデューサー 一瀬隆重
脚本 日高真也、長田紀生、市川崑
音楽 谷川賢作
テーマ曲 大野雄二
撮影 五十畑幸勇

 

キャスト

金田一耕助  石坂浩二
野々宮珠世  松嶋菜々子
犬神佐清  五代目尾上菊之助
犬神松子  富司純子
犬神竹子  松坂慶子
犬神梅子  萬田久子
犬神佐武  葛山信吾
犬神佐智  池内万作
犬神幸吉  螢雪次朗
猿蔵  永澤俊矢
藤崎鑑識課員  石倉三郎
仙波刑事  尾藤イサオ
お園  三條美紀
那須ホテルの主人  三谷幸喜
柏屋の九平  林家木久扇
ホテルの女中はる  深田恭子
犬神小夜子  奥菜恵
犬神寅之助  岸部一徳
大山神官  大滝秀治
琴の師匠  草笛光子
柏屋の女房  中村玉緒
等々力署長  加藤武
古館弁護士  中村敦夫
犬神佐兵衛  仲代達矢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
犬神家の一族 2006 角川ヘラルド製作 東宝配給 市川崑監督のセルフ・リメイクで遺作

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