1981年に軍事政権下の韓国・釜山で実際に起きた冤罪事件である釜林(プリン)事件を題材にしている。
ソン・ガンホ演じる高卒弁護士ソン・ウソクは、故盧武鉉大統領をモデルにしていて、韓国国内での観客動員数は1100万人を突破した。
共演キム・ヨンエ、クァク・ドウォン
監督ヤン・ウソク

あらすじ

1978年全斗煥政権下の釜山市では、商業高卒ながら苦学して司法試験に合格し、裁判官から弁護士に転身したソン・ウンソクが、個人事務所を開業し司法書士業務や税理士業務など弁護士に許された副業で顧客の信頼を勝ち取り、成功していた。
1971年ウンソクは建築作業員として働きながら司法試験の勉強を続けていた。妻の出産費用の捻出もできず、食堂で無銭飲食をしてしたこともあった。
10年後、成功したウンソクは釜山の家族向け中古マンションを買取り、その食い逃げした店にも謝罪に赴く。女店主スネはウンソクの立派な姿に喜ぶ。

当時の韓国は軍事政権下にあり、大学などの民主化運動が弾圧されていた。公安警察は日本文化の影響を受けやすい釜山に敏腕警察官のチャ警監を送り込む。
スネの一人息子ジヌら大学生が労働者相手に読書会を開いているときに、公安が襲ってきて逮捕していった。それ以来、全く音沙汰がなくなった。
一か月後、ウンソクの前にスネが突然現れ、ジヌが消えたと言う。ウンソクはスネを連れて拘置所に向かい面会することに成功するが、ジヌの体には無数のあざが見つかった。

ウンソクは、ジヌの冤罪を晴らす決意を固めるが、相手は公安警察でありウンソクは不利である。
裁判が始まってみると、国家保安法裁判は初体験だったウンソクが法廷をリードした。
ウンソクは、学生が読んでいたE.H.カーの「歴史とは何か」が共産主義書物である理由を問い正し、次々と公安側の証拠の反対証拠を提出する。

ウンソクはジヌから聞いた情報をもとに、拷問現場を特定するが、そこにチャ警監が現れ、不法侵入だと言ってウンソクを投げ飛ばして追い返す。
次の公判でウンソクはジヌを証人として召喚し、拷問により自白が強要されたことを明らかにする。
被告家族が怒り出し、チャ警監たち公安警察に向けられた憎悪は爆発する。そこで次回公判ではチャを証人尋問することになる。
しかし、法廷の傍聴席は公安のサクラが占領して、家族は追い出された。ウンソクはついに激昂し「国家主権は国民にあり、すべての権力は国民に由来する」と叫ぶ・・・。

雑感

かなり中道左翼的イデオロギー映画だ。
40分ぐらいは別に飛ばしても困らない。裁判のシーンだけ見ればいい。
E.H.カーという有名な英国の外交官であり歴史家のテキストを高くて当時は買えなかったのは、驚いた。私の1982年、大学での英語教科書である。一人一冊買わされた。要領の良い奴は古本屋で買ってきた。訳本も岩波新書から出ている。こんな本を当時の韓国人は買えないほど貧しかったのか。
大体、この本が赤か?確かに自由主義とか民主主義、社会主義、共産主義を相対化しているところはあるけれど、歴史とは主観が入るから仕方がない。
この映画を見て軍政を必要悪と見るアメリカ帰りの建築企業の御曹司には賛成するが、問題は軍が一度握った利権を捨てないため、民主派を育てるどころか弾圧することだ。
これは日本でも戦前の特高警察や、戦後の公安警察にも見られた。自分だけ助かる方法は、自分一人で研究してること。群れるから見つかりやすいし、スパイが潜入しやすい。

この映画は李明博政権末期に作られた。李明博はこの映画のモデルである盧武鉉大統領の次の保守派大統領李明博に指示によってスキャンダル(奥さんが100万ドルをもらった)が暴露され、盧武鉉は投身自殺を遂げた。それに対する民主派が映画を作ったのが「弁護人」だ。これで李明博政権を追い詰めたのだ。
日本ではセ・ウォル号事件などが起きて保守派大統領朴槿恵が失脚しけているところ2016年に「弁護人」が公開され、ソン・ガンホも来日した。そしてその4ヶ月後、朴槿恵は罷免され、民主派大統領文在寅が誕生する。
文在寅は弁護士を開業して、釜林事件の後、1982年盧武鉉先輩と合同事務所を開いて、政界入りのきっかけを作った。

スタッフ

監督:ヤン・ウソク
脚本:ヤン・ウソク、ユン・ヒョノ
撮影:イ・テユン
音楽:チョ・ヨンウク

キャスト

弁護士ソン・ウソク:ソン・ガンホ
被告パク・ジヌ:イム・シワン
被告の母パク・スネ:キム・ヨンエ
公安警察官チャ・ドンヨン:クァク・ドウォン
裁判官:ソン・ヨンチャン
先輩弁護士:チョン・ウォンジュン
ウソクの妻:イ・ハンナ
軍医ユン中尉:シム・ヒソプ
イ・チャンジュン:リュ・スヨン
同窓生イ記者:イ・ソンミン
パク・ドンホ:オ・ダルス

ネタばれ

結局、明後日に裁判の判決が下されることになる。疲労困憊となっていたウンソクに、拷問を受けた大学生の治療にあたったユン軍医が、証言を申し出た。
ユン軍医は法廷で拷問の事実を語った。しかし、公安と検事はユン軍医の脱走罪をでっち上げ、証言削除を裁判長が認める。
この結果、ジヌたちに実刑が課されることが決定する。

1987年ウンソクは、やはり拷問中に亡くなったソウル大学生朴鍾哲たちの追悼集会を開催した。武力により鎮圧されウンソクは裁判で裁かれることになる。
ウンソクの弁護を担当するのは、先輩弁護士のキムだ。釜山の弁護士会に所属する99人が傍聴席に駆けつけた。
その中にはかつてウンソクの高卒をバカにした弁護士も多くいた。

 

 

 

弁護人 변호인 2013.12 韓国ウィズ・アス製作 ネクスト・エンタメ配給 (彩プロ2016年国内配給)

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