パリ高校生年上の女ナタリー・ドロンを愛するが、女がいつまで経っても二股かけていたので別れるという青春映画の名作。上映当時から人気のある映画だったが、男性はナタリー・ドロン目当てだし、女性はヒットしていたフランシス・レイの音楽が目当てだった。

 

オリヴィエはパリに住む17歳の高校生。金持ちのボンボンで女には不自由せず、悪い遊びからそろそろ卒業しようと考えているマセガキ優等生である。そんな彼も教師に幸福とは何かと尋ねられ一言も答えられない。

バイク(エンジン付き自転車)で下校途中、F1レーサーのエリック・フォンタナの乗る黄色いランボルギーニと隣同士になった。道が混んでいたので話しかけるが、相手にされない。友人ジャン・ピエールとカフェから出てくると、再びランボルギーニを見つける。しかし今度は女性が運転席にいてエンジンが掛からず困っている。オリヴィエは代わりに運転して窮地を救ってあげた。彼女はフォンタナの同棲相手フレデリクだった。フォンタナはインディー・カーレースに乗るためアメリカに行った後だった。

オリヴィエは彼女に興味を持ち、たびたび彼女の元を訪問するが、彼女とフォンタナの電話越しの睦言を聞いてそっと帰ってくる。しかし勉強していても成熟したフレデリクが頭にチラつく。そこで英語の個人教授を依頼する。たまたま彼と喧嘩した直後だったので追い返されたが、後でゴメンねと言って解答を渡しに学校まで現れた。それでバイクで送っていき会話も弾み良い雰囲気になる。(ここの二人乗りのシーンは有名) 冬のバカンスをどう過ごしたら良いと聞かれてアボリアッツのスキー場ならホテルが空いていると答える。オリヴィエもまたアボリアッツの別荘に家族と出かけるのだ。

スキー場でリフト待ちをしていると、フレデリクが一人で先に並んでいた。フレデリクの横に入ってリフトに乗り込み、オリヴィエは滑りのうまい姿を見せつける。その夜、彼女のベッドであわやというところまで行くが、寸前でフォンタナから電話が掛かりアウト!その後のパーティは二人とも顔も合わせない。母親が気を利かせて踊ってらっしゃいと言うところで掛かっている曲が「愛のレッスン」英語版というわけだ。そこで彼女のスイッチが入ってチューしちゃう。フランス人は本当に素晴らしいw。彼女を部屋まで送るんだけど、その後どうなったかは聞くだけ野暮だ。

翌朝ホテルへ行くと彼女は消えていた。パリへ戻ってもオリヴィエの顔を見るなり彼女は逃げ出してしまう。しかしストーカーと化した彼は彼女をついに捕まえる。彼女はオリヴィエに深入りするのが怖かったのだ。それからオリヴィエと彼女の愛の日々が始まる。しかし両親にバレてしまい、オリヴィエは自宅を出て行く。彼女にフォンタナから電話が掛かってきても、今度はオリヴィエのことを打ち明けてくれた。

ところがフォンタナが慌ててニューヨークからフレデリクの許へ帰ってきたのだ。彼女が浴室から出てきて申し訳なさそうな顔を見て、オリヴィエは情けなくなり彼女の部屋を飛び出す。

受験シーズンも近付きオリヴィエも勉強に身を入れるようになった。フレデリクがジャン・ピエールを介して付け文をオリヴィエに渡すが、中身も見ずに破り捨てる。今度はフォンタナがオリヴィエを待ち伏せする。彼女が2日前から出て行ったきり帰ってこないと言う。オリヴィエが二人で使ったホテルを訪ねると、フレデリクはいた。フレデリクはオリヴィエによりを戻そうと言う。オリヴィエは学生集会に行くと言って出てくるが、フォンタナに電話を掛けて彼女の居場所を伝える。

今回、久しぶりに見てナタリーはどうでも良かったのだが、オリヴィエとフォンタナ、さらにパリやアボリアッツの風景に目が行った。

多分、オリヴィエは三角関係に揉まれることがウザくなった。つまり年上のフレデリクが重くなった。そしてフレデリクが結婚していたらこんな関係にはならなかったと言う言葉を信じて、二人の痴話喧嘩から解放されたかったのだ。

でも40歳と25歳の夫婦って、体が辛くなる男性もいるからなあ。二人がよりを戻すか永久に別れるか神のみぞ知る。

アラン・ドロンの当時の妻ナタリー・ドロンが「年上の女性」役で出演して、上映当時とても話題になった映画だ。その後もたびたび地上波で放送されていて、何回も見た。高校生ぐらいまでナタリー・ドロンに夢中だった。年増のミニスカ姿にやられてしまった。足の短い日本人には真似ができない。いつだったか、口紅は薄く小さく塗っているのだが、ナタリーの唇がでかいことを発見して急に冷めた。

監督 ミシェル・ボワロン
脚本 クロード・ブリュレ 、 アネット・ワドマン 、 ミシェル・ボワロン
撮影 ジャン・マルク・リペール
音楽 フランシス・レイ
主題歌 ニコル・クロワジール(「愛のレッスン」)

 

配役
フレデリク  ナタリー・ドロン
オリヴィエ ルノー・ベルレー
フォンタナ  ロベール・オッセン
ジャン・ピエール  ベルナール・ル・コック

 

個人教授 1968 フランス

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