ソ連で長らく権力な座に居座っていたスターリンが病死したときから、葬儀に向けて静かな後継者争いが始まった。最後に権力を握るのは誰か?

ファビアン・ニュリの描いたグラフィック・ノベル 「スターリンの死」を基に、テレビ監督として活躍していたアーマンド・イアヌッチ監督が映画化した。
主演はスティーブ・ブシェミ、共演はサイモン・ラッセル・ビール、オルガ・キュリレンコら。

あらすじ

1953年3月、またスターリンの別荘にマレンコフら共産党幹部四名が呼び出しを受ける。晩餐の後、映画鑑賞会だ。スターリンは好きな映画だから何度見ても楽しいが、他の幹部は嫌々見ている。かつて断って左遷されたり処刑された人間もいるからだ。幹部は内容は覚えているので見ているフリして上映中寝ている。
ようやく終わって解放され、幹部は別れの挨拶をするが、モロトフ外相が去ってからベリヤ法務相が彼の名前が粛清リストにあったと言う。マレンコフとフルシチョフは背筋に冷たいものが流れる。

皆が帰った後スターリンは大好きなピアニスト、マリヤ・ユーディナの演奏の録音を手に入れてご満悦だった。中袋の中にユーディナの直筆でスターリンを呪う言葉が書いてあった。ユーディナはユダヤ人だったので親族が粛清されたのだ。スターリンは全く気にしなかったが、急に胸を掻き毟りその場に崩れた。脳卒中だろう。
翌朝連絡を受けた政治局員たちが別荘に集まり、スターリンの横たわった姿を眺めていた。モスクワの優秀な医師は粛清したところだから、誰に見せるかで揉める。
スターリン死後の政治委員会でマレンコフ首相とベリヤ副首相が誕生する。とくにベリヤは閣僚の個人情報を握る内務大臣の立場を悪用して、モロトフやフルシチョフを抑えて委員会を通してしまう。
フルシチョフは雑用でしかない葬儀委員長に就任させられる。そこで一か八かで地方からモスクワへの列車を走らせる。スターリンの死を悲しむ共産党員が大挙として押し寄せ、それを止めようとするNKVD(国家警察)との間で銃撃戦となり、千五百人もの共産党員が死ぬ。葬儀後このことが問題になり、NKVDを管轄するベリヤ内相の責任が問われる。フルシチョフは葬儀に参列していた反スターリン派のジューコフ赤軍元帥と組んで巧みに多数派工作を行い、多数決でベリヤを副首相の座から追い落とす。その上で子供の頃にベリヤに可愛がってもらったスターリンの娘スヴェトラーナの見る前で彼を処刑し、灯油を掛けて焼却する。そしてスヴェトラーナにはウィーン行きの切符を渡し、事実上の国外追放する。
数年後、ソ連の首相兼第一書記権力を握るブレジネフである。となったフルシチョフは妻と側近に囲まれマリヤ・ユーディナのコンサートを見ていた。そのフルシチョフを上から睨む男がいた。7年後に第一書記に昇格するブレジネフである。

雑感

この映画をモンティ・パイソンのようだと言う人がいるが、ちょっと違うと思う。もちろんこれは風刺劇で、事実とは違う。でもモンティのように爆笑や嘲笑する作品でもない。

事実は闇なのだが、史実ではフルシチョフの別荘で映画をともに見たのは、フルシチョフ、マレンコフ、ブルガーニン(映画では代わりにモロトフ)、ベリヤである。翌朝起きてみるとスターリンは倒れており、四日後に亡くなった。
この映画会はおそらく映画内でも言っていたようにアメリカ映画の西部劇だ。スターリンのとくに愛していた西部劇はジョン・フォードの「肉弾鬼中隊」(1934)だった。スターリンはこれに刺激を受け、ミハイル・ロム監督に命じて東部劇映画「十三人」(1936)を作らせている。東部劇とは中央アジアやシベリアでのロシア革命後の内戦で赤軍と白軍の戦いを描いた映画だ。この「十三人」が再びアメリカにインスピレーションを与え、ハンフリー・ボガート主演の「サハラ戦車隊」が作られる。

話を史実に戻すと、ベリヤはグルジア共和国出身でユダヤ人ではないが少数民族だったため、スターリンが命じて医師団陰謀事件をでっち上げ多くの有能なユダヤ人医師を粛清した際、非常な危機感を感じた。そして次は自分かもしれないと考えたのだろう。ベリヤはスターリンを毒殺したと言う記録が多く残っている。
フルシチョフもスターリンには干されていたのだが、スターリンを織田信長、ベリヤを明智光秀とすれば、ここでベリヤを倒せば羽柴秀吉になれると思ったのだろうか、多数派をまとめてベリヤを追い落としたというのが、一般的見方だ。

この映画では、ベリヤが血も涙もない内務大臣であり片っ端からユダヤ人を強制収容所に放り込んだように描かれているが、ベリヤは自由主義志向があり、また軍対NKVDの権力争いもあり、それほど単純な問題ではなかったはずだ。なおNKVDは現在のKGBであり、20年間ロシアを支配しているプーチン大統領の出身母体である。

元ボンドガールのオルガ・キュリレンコが演ずるのは、ユダヤ人天才ピアニストだったマリヤ・ユーディナ。スターリンに親族を殺され恨んでいる一方、現金を詰まれればスターリンのためでも録音してやる強欲さを併せ持っている。
ユーディナのソ連時代のレコードはいくつか残っていてCDになっているが、どちらかと言うとバッハのゴールトベルク変奏曲だとかソロ曲が多かったイメージだ。録音ではモーツァルトのピアノ協奏曲21番あたりが得意でスターリンも彼女の演奏を愛していたという。若い頃は結構美人だったようだ。

音楽はクラシック中心。ロックもなければジャズもポップスもない。久しぶりでなかなか清々しかった。

スタッフ

監督アーマンド・イアヌッチ
脚本アーマンド・イアヌッチ、デヴィッド・シュナイダー、イアン・マーティ
原作ファビアン・ニュリ著・ティエリ・ロビン翻訳「スターリンの死」
製作ヤン・ゼヌー、ローラン・ゼトゥンヌ、ニコラ・デュヴァル・アダソフスキ、ケヴィン・ローダー
製作総指揮ジーン・クリストフ・コルソン、ジル・ダオスト、キャテリーヌ・デュモンソー

キャスト

 

ニキータ・フルシチョフ政治局員 – スティーヴ・ブシェミ
内務大臣ラヴレンチー・ベリヤ – サイモン・ラッセル・ビール
アンドレア・アンドレーエフ議長代理- パディ・コンシダイン
スターリンの息子ワシーリー – ルパート・フレンド
ゲオルギー・ジューコフ元帥 – ジェイソン・アイザックス
ヴャチェスラフ・モロトフ外務大臣 – マイケル・ペイリン
スターリンの娘スヴェトラーナ・アリルーエワ – アンドレア・ライズボロー
ゲオルギー・マレンコフ元副首相 – ジェフリー・タンバー
ヨシフ・スターリン議長兼首相 – エイドリアン・マクラフリン
マリヤ・ユーディナ(スターリンお気に入りのピアニスト) – オルガ・キュリレンコ
アナスタス・ミコヤン貿易相 – ポール・ホワイトハウス
ニコライ・ブルガーニン国防相 – ポール・チャヒディ
ラーザリ・カガノーヴィチ副首相 – ダーモット・クロウリー
クリメント・ヴォロシーロフ政治局員 – ジェームズ・バリスケール
アナトリー・タラソフ(アイスホッケー監督) – リチャード・ブレイク

スターリンの葬送狂騒曲 The Death of Stalin 2017 英メイン・ジャーニー・仏ゴーモン製作 日本配給ギャガ

投稿ナビゲーション